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□キケンな判断
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「ぃっ…たぁ…」
打ち付けた背中の痛みに目を瞑ったまま顔をしかめる。
しかし、すぐに今の状況がおかしいことに気がつく。
体の上に倒れたはずの本棚の衝撃がない。そして代わりに近くに感じる体温。
「大丈夫ですか?」
至近距離で聞こえた焦りを帯びた声に、閉じていた目をぱちっと開く。
「え……?」
「頭打ちました?どこか怪我しましたか?」
私の目の前には、男の顔があった。しかも近い。何がどうなっているのか全くわからずに目を白黒させていると、私の顔のすぐそばで本がバサリと崩れる音がした。
ハッとしてして男の後ろを見ると、本棚があった。私の上に倒れたはずが、何故か男が本棚を背負っている。それを見て、男が私と本棚の間に割って入り、倒れた本棚から私を庇ってくれたのだと悟った。
「え…、どっ、どうして?助けてくれたの…!?」
「…助けたと言えるかどうか。実際こうしてあなたと一緒に倒れて覆い被さってしまっているもので」
私は一瞬遅れて男の言葉を理解する。男は私の顔の両側に肘をついて、何とか私を押し潰さないようにしていた。
「それより、どこか怪我は?」
男は心配そうに眉を寄せた。
先にしりもちをついたのと、敷いてあったカーペットが柔らかかったので奇跡的に頭は強く打たなかったようだ。腰と背中が痛むが、ぐっと堪えた。
「…大丈夫。痛いだけで大したこと、ないから」
隠しきれない痛みは多分、表情に出ているんだろう。男の不安そうな表情でわかる。
「そうだ、私より、あなたでしょ!あなたこそ大丈夫なの?」
必死に尋ねると、男は一瞬きょとんとした顔をした。それから笑って答える。
「僕は大丈夫です」
それを聞いて、はあ、と安堵の息を吐く。しかし、男はまだ本棚を支えたままだ。油断はできない。
「これ……抜け出せる……?」
「大丈夫です。今、どかしますから………、っ!!」
体を動かして本棚を持ち上げようとした男の表情が突然歪んだ。
「どうしたの!?」
「…大したことはありません。ちょっと足首を挟んだみたいで」
「えぇっ!?」
驚く私に男は苦笑した。
「心配しないでください。本当に、大したことないですから」
「でも…」
「…それよりもちょっと腕が限界なので、そろそろこの状況を何とかしないと駄目ですね」
「え?」
本棚は本が抜けているとはいえやはり重い。本棚の重みが私にかからないよう、男は全身でそれを受けて肘だけで重みを支えている。しかも私に体が密着しないように。
私はどうすればいいのか迷った。この選択は危険かもしれない。けど……。
「…肘、力抜いて」
ぼそりと一言、そう言った。
「え?」
男はまたもやきょとんとしている。
「だから、肘、力抜いて!私の上に乗っていいって言ってるの!支えるの辛いんでしょ!」
男は一瞬ぽかんとしたが、目をぱちぱちと瞬かせると少し慌てて答えた。
「い、いいですよ!気にしないでください!重いですし!」
「…あぁぁ!もう!せっかく勇気出して言ってるのに!しんどいの我慢されてると私が気にするの!いいから肘!力抜く!」
男は狼狽しているようだった。腕が本当に辛いのだろう。
「いや、でもやっぱりいいで……」
私がギロリと睨むと男は口をつぐんだ。そして「すみません…」と小さく呟くと、ゆっくり腕を折り畳んだ。
体が密着して、男の顔が私の顔の横に埋まる。男の髪が私の首筋をくすぐった。吐息と体温が近くなったのを感じて、少しだけびくりとしてしまう。
「楽に、なりました」
男が申し訳なさそうに笑った。
「……あっそ」
私はそれしか、言えなかった。
20120623