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□云々心と秋の空
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目を覚ますと妙に部屋が薄暗く、障子を押しやれば曇天の空は曖昧に雨を抱えて空にわだかまっていた。
身仕度を済まし、床の間に飾る花を見繕いに庭へと降りる。
今日はあの人が来る。
雲のせいで薄暗い庭の一角、木蔭に季節外れの都忘れがひときわ鮮やかな青紫を放っていた。
私はこの花が好きだ。
華奢な体につく小ぶりな青紫はどこまでも暗く深く、なのに鮮烈な輝きを放つ。
私はこの花にあの人を重ねている。
着物の裾を除けてしゃがみ込み、一輪だけ拝借する。
あしらいの花でもと思った矢先にぽつりぽつり雨が落ちてきて、変に濡れては着物も髪も乱れてしまう、と急ぎ縁側へと駆け込んだ。
縁側から重くたれ込む空を見上げ、人知れずあの人を想った。
今、誰と居て何をしていろだろう、何を思うのだろう。
その中に少しでも私は居るだろうか。今となってはその自信も無い。
せんの無い、取り留めのない事を考えるともなくこねくり回す。
雨はあっという間に本降りになり、雲は一段と厚くなっていた。
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夕刻、約束の時刻より少し早くあの人は訪ねてきた。
この人の特徴とも言える、複雑に艶やかな着物は爽やかな初秋の季には少々暑苦しい。
好きで着ているのだろうから、文句を付けるつもりは更々無い…というより似合っていて、にくい程形になっていて、要は文句の付けようが、無い。
一時が万事、この人はいつもこんな具合だ。
彼は来るなり滑らかとも乱暴とも取れぬ、あの独特の身のこなしで座布団に尻を置き窓の外を見やっていた。
長い前髪の間から鋭い眼光が覗いてい
る。
私はあの目が好きだ。
普段の落ち着いた雰囲気に全くそぐわない、奥底に強靭な"何か"を凄い圧で押し込めている様なあの、目が。
私はその"何か"を吸っている。
常々そう感じていた。
それは得体が知れず、吸ったからと言って何がどうなったかもいまいち説明が付けられないし、そもそもきちんと消化出来ているのかも自信は無い。
たがとにかく、一度それに当ってしまうともっと、もっとと次が欲しくなる、離れる事が出来なくなる。
独り占め出来たらどんなに良いだろう、そんな風に思ってしまう辺り、はたから見ればさぞ重傷な中毒者なのであろう。
窓からの風に都忘れがそっと揺れた。
紫は狂気を孕んだ鮮色___
ギリギリの所で平衡を保っている、そんな色。
やはり似ている。
今こうして同じ画面に二つを捉えれば、確信めいたものを感じた。