-花と緑の[外伝]-

□いたる花と緑の 〜タンブルウィザード見聞録〜
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「四聖獣?」

 私の言葉に師は、珍しく興味深げに問い返した。

 デジタルワールドの歴史を紐解けば、そこには多くの謎と矛盾がある。
 一つ例を挙げるなら、この世界に初めて誕生した究極体とはなんであったか。

 かつて世界の深層、闇の領域より、“火の壁”と呼ばれる隔離障壁を越え、“黙示録の怪物”がこの世界に顕現した。それは理の外より来たりし万物万象の敵。
 デジタルワールドはこの怪物に対抗するため、世界の“外”へと助力を求めた。すなわちリアルワールドからの助勢者、最初の“選ばれし子供”が、現れたのである。彼らはパートナーとなるデジモンとともに戦い、やがて怪物を“火の壁”の向こう側へと封印するに至った。
 その戦いの過程で、この世界における最初の究極体、“四聖獣”は誕生したと伝えられている。

 だが、そこに一つ、矛盾する“別の歴史”がある。

 かつてこの世界では、デジモンは“ヒューマン”と“ビースト”の二つに分かれていたという。
 二種族はいがみ合い、憎み合い、終わることのない戦いを繰り返した。不毛な戦争を終わらせたのは、突如として現れた一羽の天使。その名を“ルーチェモン”。神の子と呼ばれた最古の王。
 終戦の英雄は、しかしやがて圧政を敷く暴君となり、十の勇士によって討伐されたという。
 その勇士、“十闘士”こそがこの世界で初めて究極体への進化に至り、現代のデジモンたちの祖となったそうだ。

 ここに矛盾がある。“最初”が二つある矛盾。そしてそれ以上に、それ以前に不可解な、まるで繋がらない二つの歴史。
 どちらが先か、などという単純な話ではない。
 世界の歴史を変えうるものたちは、もう一つの歴史の中で何をしていたというのか。そう、そもそもの話としてこれは本当に、一つの世界の歴史であろうか。

 ここに仮説がある。一つの世界に二つの歴史が共存し得ぬのなら、二つの世界に存在したのではないかという、ある意味で至極単純明解な。
 平行宇宙、パラレルワールド。歴史の彼方に分岐した、別の可能性の世界。その存在自体は、ある意味で既に証明されている。我々のルーツ、魔術師の起源である“ウィッチェルニー”こそ、この世界のパラレルワールドであるとされているのだから。
 もっとも、我々のようにデジタルワールドで生まれ育った“二世代目以降”にとっては、伝え聞いただけの場所でしかないのだが。

 少し話が逸れてしまったが、何が言いたいかというならつまり、この仮説は決して突拍子もない妄想などではないということだ。
 だからこそ、当事者に確かめてみたいのだ。間違いなく実在する歴史の生き証人、四聖獣たちに。

「なるほど、面白い」

 書に浮かぶ師・ワイズモンの小さな幻影は、私を見ながらくつくつと笑い、少しだけ何かを思案するように唸り、そして言う。

「いいだろう、行ってきたまえ」
「ほ……本当ですか? ありがとうごさいます、師匠!」
「ふふ、構わないよ。しかし君はつくづくタイミングがいい」
「タイミング?」

 私が問い返せば師匠はふふと笑う。

「ちょうどそこに用事のあるものがいてね。話は通しておくから相乗りさせてもらうといい。君一人では命が幾つあっても足りないだろう」
「そんな、何から何まで……師匠、何か裏でもあります?」
「好意は素直に受け取っておくものだよ。まあ裏はあるが」
「あるんですね」
「大したことではないさ。気にせず見聞を広めてきたまえ」

 そんな気にせずにいられるわけもない物言い。けれどまたとない機会であることも事実。私は少しの思案を置いて、「よろしくお願いします」と頭を下げる。
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