□5周年リクエスト小説A
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 たとえるならそれは、光差さぬ洞穴の奥より響く猛獣の唸り声。縄張りに踏み入る外敵を威嚇し、今にも襲い掛からんばかり。
 たとえるならそれは、曇天に渦巻く雷雲。空に浮かぶ龍の巣が如く、空気を震わせ低く重く轟く。
 たとえないならそれは、要するに腹の虫であった。

 文字に起こすなら「ごぎゅるるる」という盛大な音を鳴らし、余は空腹であるぞよと言わんばかりの顔で、雨宮花は熊と魔術師を見る。両者は顔を見合わせ、深々と溜息を吐く。
 時は“黒い歯車”を追って盗賊団の本拠地へと向かう最中。所は上空、ついさっき羽を生やした空飛ぶ熊の背の上である。

「いやいやいや……さっき食ったばっかやないかーい」
「というかこんな状況でよく……君は本当に肝が据わっているね」
「てへぺろ」

 などと可愛い顔をしてみれば、想いが通じたのか色仕掛けが効いたのか、熊は溜息を吐きながらずぼりと自らの口に手を突っ込む。溜息がどこから漏れているかは謎である。

「しょーがねえなぁ。ほら、さっき村で食いもんもらってきといたからやるよ」
「え? ほんと!?」

 しゅぽんと口から抜いた熊の手には干し肉やらの保存食。どこに入れてやがるとも思ったが、自分も金塊を仕舞おうとした前科があったのでハナは流すことにした。衛生面も、この際置いておくことにした。
 するとすかさず魔術師もまた懐から包みを取り出す。

「私も、こんなこともあろうかと思ってお菓子をもらってきておいたよ」
「ほわあ!? 用意周到! さすがね!」

 まさかデザートまで出て来るとは、とさすがに少々驚きつつもハナはそれらを受け取り、両手いっぱいに抱えながら「いただきます」と心の中で手を合わせる。
 だがその時、ハナは気付いてしまうのだった。緩やかな曲線を描く熊の背の上、風を受けながら大量の食べ物を一つずつ口に運ぼうとし、その誤算に。

「ああ!? 大変! 座り心地が悪くて食べ辛いわ!」

 などというのはさすがに図々しい気もしたが、一応言うだけ言ってみる。呆れ顔が目に浮かんだが、しかして熊と魔術師の反応は予想外のものだった。

「ふ、そんなこともあろうかと思って鞍をもらってきておいたぜ!」
「ふむ、私もそう言うと思って障壁の魔術で風圧を抑えるカーテンをこしらえるところだ」
「なんてこと! まるでお姫様ね!」

 熊が口からでかい鞍を取り出し、一瞬背中のハナを跳ね上げすちゃりと装着すれば、魔術師はその周囲を風のベールで包み込む。
 立派な鞍に腰掛けもたれ掛かり、風圧などまるで感じない障壁の中でハナは「まあ」とほっぺを押さえる。熊の体内が四次元なことは些細な問題であった。

 ハナは干し肉をぱくり。ビスケットをぱくり。スルメのような保存食やら干し芋もぱくぱくり。そうして、更なる誤算に気付いてしまうのだ。

「はっ!? 駄目だわ、乾きものばかりで喉が……!」

 だったらたらふく飲んでこいと、そろそろ眼下の河にでも叩き落とされておかしくない頃合いであったが、しかし熊と魔術師は怒るどころかすかさず懐から再び何かを取り出して、

「そんなこともあろうかと思ってジュースももらってきておいたぜ!」
「私もそんなこともあろうかと思って新鮮な果物をもらってきておいたよ」
「至れり尽くせりね!」

 むしろ人をなんだと思っているのだという話な気もしたが、そう思っているだろうとおりなので特に文句はなかった。

 その後も二人はハナ姫様の思考を先読みするように、次々とその要望を叶えていく。

「こんなこともあろうかと思ってね!」
「そんなことまで!?」
「こんなこともあろうかと思ってな!」
「もはや予知ね!」

 わいわいと、実に楽しそうな決戦前の旅路であったという――

 
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