□5周年リクエスト小説@
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◆X(1/2)

 日が落ちて、夕闇の砂浜。焚火を囲んで三人は休んでいた。
 巨大クワガタが暴れたお陰で三人は、自分たちの置かれている状況が想像以上に厄介なものだと思い知る。あんな生き物がいる、ということだけではなく、この場所そのものが異常だったのだ。切り倒された木々の中からはどういうわけか機械的なケーブルが顔を出し、海も海水と思えばただの色水。日暮れは電灯を切り換えるように突然色や明るさが変化し、よくよく見るなら空に浮いているのも太陽ではなく銀色の機械球。
 空も陸も海も、すべてが作り物じみた世界。さすがのアユムや灯士郎も、マリーの「ファンタジー的なあれ」説を支持したい気持ちであった。

 ぱちぱちと火の弾ける焚火を見詰め、三人は黙り込んでいた。
 野性動物を避けるため、切断されたケーブルの火花を火種に起こした焚火であったのだが、あの巨大クワガタのような生き物が松明ごときで怯んでくれるかは正直疑問だった。

 はあ、とおもむろにアユムが溜息を吐く。

「黙りこくっていても仕様がないな」

 言われて、マリーは少しだけ笑顔になって姿勢を崩す。灯士郎も同感だとばかりに頷く。

「もう落ち着いた。大丈夫だ」
「そうか。なら改めて聞くが……あの時、一体何が起きた?」

 灯士郎は記憶を辿るように少しだけ目を閉じて、小さく息を吐く。

「誰かの声が聞こえた。暗闇の中で聞いた声に似ていた」
「って、なんかあのステンドグラスみたいなとこ?」
「そうだ。獅子のステンドグラスの上で聞こえた声、だったように思える」
「ふうん。……しし?」

 灯士郎の言葉にマリーは眉をひそめる。アユムもまた少しだけ顔をしかめ、問い返す。

「百鬼、お前が見たステンドグラスは獅子だったのか?」
「む? ああ、黒い獅子のように見えたが」
「えー、あたし人魚だったよ?」
「私は魔法使いに見えたな」

 互いに言い合って、顔を見合わせる。

「お互い違うものを見たということか。まあ、現状ではだからどうしたという話でしかないが」

 アユムは視線を落としてふむと唸り、再び灯士郎を見る。

「だが獅子というなら、昼間のお前の姿はまさにそう見えたがな」
「あー、そうそう。確かに。なんか胸のとことかライオンの顔みたいだった」
「俺が……そうか」

 客観的に自分を見る暇も手段もなかったろう。けれど、灯士郎は自分の掌を見ながらどこか納得した風に頷く。まるで、そうあったことに心当たりでもあるかのように。

「まあ、変身したこと自体はいい」
「え? いいのそれ?」
「今の状況なら好都合だ。問題は“どうやって”かということだ」

 アユムは灯士郎をぴっと指差し、問い掛ける。

「今、やれと言われればできるのか?」

 そんな問いに、少しだけの沈黙。
 灯士郎は頷くとおもむろに立ち上がり、懐から例のデヴァイスを取り出す。

「言葉が、頭の中に浮かんできた」

 右手にデヴァイスを握りしめ、左手を見詰める。何も持ってはいないはずのその手に何かを認めるように、眉間にしわを寄せる。途端に、左手を包む輪のような光の帯が浮かび上がる。

「スピリット……」

 目の前で起きていることが理解できず、戸惑うマリーたちを余所に、灯士郎は光の帯の一端にデヴァイスを近付ける。帯とデヴァイスが接触した瞬間に激しい火花が散って、けれど灯士郎は気にもせず、言葉とともにデヴァイスを大きく振り抜いてみせる。

「エボリューション」

 火花が閃光となる。思わず目を閉じた二人の前で、雷鳴にも似た電子音を伴ってそれは顕現する。
 そっと瞼を開けばそこに、今の今まで灯士郎のいた場所に、黒い騎士が立っていた。

 
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