□5周年リクエスト小説@
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 鏡の賢人・メルキューレモン――アユムが把握している限りのスペックにおいては、決して戦闘を得手とするものではなかった。
 両手に持った二対の鏡は一方から物質を取り込み、もう一方から排出することができる。一定以上の質量は取り込めないものの、それはまるで極小規模のワームホール。いまだSFの範疇でしかない所謂“ワープ”を実現し、物理学に革新をもたらすであろう代物だったが、この現状においては、残念ながら役に立ちそうもなかった。

 アノマロカリスは厄介だった。飛び道具などなく、ただ単純な打撃を繰り返すだけだが、どうやらそれが、メルキューレモンにとっては一番の難敵であるようだった。
 ち、と舌を打つ。焦るなと自分に言い聞かせる。的確に、かつ迅速に、目前の敵を排除してマリーを助け出さねばならない。そのためには、冷静であらねばならないのだ。一手間違えるたびに一歩以上を出遅れる。常に最速最短で最善手を打ち続けろ。牛歩に思えようとそれ以外に道はないのだから。ないの、だけれども……!
 だからと言って人の命が懸かったこの状況で、一切の感情を殺してクールにクレバーにい続けるなど、平和な国に生まれ育った15歳の少年にはあまりに酷な話だった。

 何か、何か手はないのか……!?
 抑え切れない感情の一端が思考を放棄して周囲へ目を向けさせる。そこに――起死回生の一手が現れたことは単なる偶然だったろうか。

 光が瞬いた。一瞬遅れてアノマロカリスも気付き、その場を飛び退く。一拍を置いて遠方から飛来した光球が磯を掠めて海へと落ちて、閃光とともに弾けて爆ぜる。
 射線を追って射手を見付けることは容易だった。光弾の主を、レーベモンの姿を遠く捉えたのはメルキューレモンもアノマロカリスもほぼ同時。と思えば、第二、第三射が立て続けに迫りくる。黒騎士の甲冑の胸、獅子の意匠より人の頭ほどもある光の弾丸が放たれる。だが――

「これは……!」

 あるいはその人ならざる身が持つ本能か、異変を察して引き返してきた騎士はしかし、助勢というにはあまりに遠かった。
 不意打ちの初撃すらかわすアノマロカリスの反応速度に、姿を見せた上での馬鹿正直な狙撃など、通じるはずもない。
 アノマロカリスはその節足で磯を跳ね、いとも容易く光弾を回避する。
 いや、騎士とてそれで倒せるとは端から思ってもいないのだろう。既に駆け出していた騎士の意図は単なる牽制。白兵戦が本分であろう騎士が、己の間合いまで詰め寄るに要する、この状況ではあまりに長いその時間を僅かなり稼ぐための。

 間に合うか? もう一度牽制を? マリーの姿が見えないが、状況はどうなっている?
 思考に思考を重ね、焦りに集中を欠き、それでも騎士は仲間を救おうと岩肌を駆ける。それを――“待て”と、視線で制したのは他でもないメルキューレモンだった。

「ここだ!」

 右手を突き出し、ただ一言を発する。昨日会ったばかりの赤の他人に意図を伝えるにはあまりに言葉が足りない、この距離と波の音に聞こえるかも定かでない、ただその一言。けれど、レーベモンには逡巡などまるでなかった。
 駆け出す足を止め、岩肌を踏み締めて、力強く構えを取る。甲冑の獅子頭があぎとを開き、その砲口に光が集束する。

「“エントリヒ……メテオぉぉぉーール”!」

 雄叫びとともに放たれる一撃は先程までの比ではない。一回りも大きい光の砲弾、内包する力は一回りどころではない。着弾を見るまでもなく感じ取れる圧力が、その威力を物語っていた。勿論、幾ら威力だけを上げようと当たらねば何の意味もないのだが。
 アノマロカリスはきいと鳴き、軽やかに身をかわす。あっさりと的の消えたその軌道上に、しかして踊り出るのはメルキューレモンであった。
 アノマロカリスとてメルキューレモンへの警戒は解いていない。だが、その行動には理解が追い付かない。何をどう警戒していいかもわからない。それゆえに、メルキューレモンからの攻撃は完全に不意を衝かれる形となった。

「“ジェネラスミラー”……!」

 射線へ飛び込んだメルキューレモンの、その鏡の盾が光弾を受け止める。鏡面が激しく発光し、かと思えば次の瞬間、光弾が鏡に反射されて翻る。前方からの単調な攻撃を回避した直後、後方からの予想だにしなかった攻撃に、アノマロカリスは対応できるはずもなかった。
 アノマロカリスの背の甲殻に光球が着弾し、があん、と落雷のような轟音が空気を震わせる。アノマロカリスの背が反り返り、全身が痙攣し、一瞬の後にその身が黒い塵となって霧散する。

 
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