□不定期(2022-)
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 気付けば海の中だった。
 巨大な腕で虫けらを払うように薙ぎ払われ、為す術もなく海へと落とされた。
 硬い地面に叩きつけられるよりはマシだったかもしれないが、とうに全身の装甲も、身体も粉々だった。
 負けたのだ。未来さえ捨てた禁忌の力も、嘲笑うような異次元の怪物に。

 インプモンはまだ戦っているのだろうか。であれば加勢に向かわねばならない。
 けれど、心も身体ももはや、立ち上がることなどできそうもなかった。
 このまま海の底へ、死の底へ沈めば楽になる。もう、楽になりたいと、か弱い少女は古狼の中で膝を抱えて泣いていた。
 あれは恐怖と絶望と、悪夢の権化。
 世界に終焉をもたらすがために存在する、神の如き怪物。
 自分たちはあれを知っている。きっと、ここではない別の世界で出会い、そして、今と同じ結末を辿ったのだろう。
 根拠などない。いいや、必要ない。それはただの事実なのだから。

『――――』
「……え?」

 声が聞こえた。音など響くはずもない海中で。
 懐かしい声だった。まるで知らない声なのに。
 涙が溢れた。名前も知らない誰かの姿が浮かぶ。知らない出会いと別れの記憶が、頭の中を駆け巡る。
 失ってはいけない、忘れてはいけないはずなのに、知らないうちにこの手からこぼれ落ちた大切な絆が、時と空を超え、語りかける。

『闇は光に』

 雄々しき漆黒の獅子と、それに重なる長身長髪の少年の影。
 夜が明けて朝が来るように、闇より光はいずる。

『水は星に』

 凛然たる人魚の騎士と、それに重なる小柄な少女の影。
 煌めく飛沫は朝焼けに舞い、明星となって地平を照らす。

『鋼は砲に』

 幽玄なる鏡の賢者と、それに重なる痩躯の少年の影。
 冷たい鋼は熱と叡智をもって砲となり、立ちはだかるものを討ち滅ぼす。

 友は言う。
 ここにいると。
 だから……大丈夫、と。



 ベルゼブモンは己の歯牙を噛み砕かんばかりに食いしばり、遥か高次に座する邪神へと砲撃する。
 まるで天に石でも投げるような気分だった。
 九分九厘、自分はここで死ぬだろう。それでも、退く理由にはならなかった。
 正義か、使命か、誇りか、弔いか。いいや、どれでもない。
 俺が魔王・ベルゼブモンであるという、ただ、それだけのこと。

 破滅の波動が邪神へと着弾する。手応えはまるでない。邪神もまた、何かしたかと言わんばかり。
 それが、どうした。
 構わず撃ち続ける。ただの一撃もかすり傷さえ与えない。互いに分かっていた。無駄な足掻き。その、はずだった。

 性懲りもなく放った破滅の波動が、否、紅蓮の獄炎が、邪神の肌を焼き焦がす。
 あり得ない一撃に邪神が僅かな動揺を見せる。だが、当のベルゼブモンに戸惑いの色はなかった。
 真紅に染まった仮面の奥から金色の三眼が邪神を見据える。煉獄の火・エル:エヴァンへーリオを従え、“X”の名を冠する魔王は、悠然と紫紺の四翼を広げる。
 自らに起こった変化を、進化を、彼は理解していた。
 何のことはない。彼女が辿り着いた境地に、その極致に、自分もまた引き上げられただけのこと。

 魔王を睨みつけていた邪神が、はたと振り返る。
 海面に立つその姿が目に留まる。邪神からしてみれば砂粒にも等しい小さなその姿に、まるで視線が縫い付けられたよう。

 それは伝説を超えた新時代の闘士。光の真神――“マグナガルルモン”。
 それは天理さえ覆し、邪神すら屠りしものの名。

 胸部のレーザーサイトが邪神を捕捉する。全身の重火器に弾丸が装填される。
 神威の魔王が暴食の冠を宙に描く。エル:エヴァンへーリオが銃口に灯る。
 その瞬間、邪神は確かに恐怖した。

「マシンガンデストロイ……!」
「セブンス・フルクラスター!!」

 マグナガルルモンの全身の重火器が一斉に火を吹き、天の怒りが如き無尽の火と硫黄が、邪神の体組織を破壊する。
 ベルゼブモンの放つ煉獄の火が暴食の冠を介して超圧縮され、一条の閃光となって邪神の身体を貫く。
 マグナガルルモンは弾丸を撃ち尽くした兵装をパージし、その身をもって邪神へ迫る。亜光速、光速、そして超光速にまで加速し、描く光の軌跡が邪神を切り裂く。
 天の理をも揺るがす願いの結晶、光の真神によって、邪神は永劫の無へと沈む。

 そして戦いは、ようやく本当の、決着の時を迎える。
 沢山の、犠牲の果てに。

 やがて真神は光の粒子となって霧散する。

「さよなら、みんな……」

 それが、英雄の最後の言葉だった――


-終-

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