□不定期(2022-)
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白狼の騎士が地を駆ける。
亀裂から這い出た怪物・ミレニアモンは沿岸地域へと降り立ち、改めてこの世界を見渡す。さてどう壊したものかとばかりに。向かい来るヴォルフモンのことなど視界にも入っていないようだった。
亀裂の奥からは聞き慣れた旋律。砲を構えるベルゼブモンの姿を遠くに捉え、ヴォルフモンは小さく息を吐いた。
挟撃――にもなりはしないだろう。
ヒューマンスピリットではあまりに力不足。ビーストスピリットをもってしてもまるで足りない。
あの怪物に対抗するには、二つのスピリットの“本来の形”が必要不可欠だった。
その方法は、先程から頭の中に響いている声が教えてくれた。
そしてそれが、もう戻れぬ道であることも。
けれど、決断には僅かの逡巡もなかった。戻る道さえ消し飛ばされては躊躇う意味もないのだから。
繋がるベルゼブモンの旋律にほんの少しの乱れ。相変わらず甘い魔王様だと、ヴォルフモンは笑う。それでも止めないのは、それしかないと分かっているから。いいや、きっと、それだけではない。
スピリットが輝きを増す。人と獣、二つの魂が溶け合っていく。進化の道へ背を向けて、古の魂を呼び起こす。
ヴォルフモンにガルムモンの影が重なって、その姿が陽炎のように揺らぐ。
そうして――太古の英雄たる“光り輝く至高の獣”――エンシェントガルルモンが、現代のリアルワールドへと降臨する。
「さあ……行くぞインプモン!」
とうに彼女ではない声。けれど彼女しか呼ばないその名前に、ベルゼブモンはほんの少しの雑念を振り払い、右腕の砲を構える。
勝負は一瞬。初撃がすべて。
禁忌を冒して得た力も、あの怪物を真っ向勝負で捻じ伏せるには足りないだろう。なにせデジタルワールドの全勢力をもってしても討伐は叶わなかったのだ。
だが、その戦いが無駄であったはずがない。無傷で済んだはずがない。
怪物にまともな痛覚があるかは定かでないが、肉体を持って存在する以上、物理的な活動限界はある。
デジモンたちもそう考えたのだろう。デジメロディで探るまでもなく、ダメージの大半は電脳核があるであろう位置に、胸部に集中していた。
狙うはここ一点。機はこの一瞬。
たかが人間と、たった二人で何ができると、侮っている今しかない。
「おおおおおぉぉぉ!!」
古狼が雄叫びを上げる。その身を光に変えて飛翔する。
怪物はようやくそれが己を害するものと理解するも、迎撃には僅かに遅い。
振るった腕の間を縫って、一条の閃光が怪物の胸へと突き刺さる。二振りの大剣が胸板を裂き、その衝撃に怪物の身体がゆっくりと傾いていく。
致命傷にはまだ遠い、が、これで十分。射線は、開いたのだから。
「カオス……フレアぁぁぁ!!」
仰向けに倒れた怪物の胸目掛け、ベルゼブモンが引き金を引く。デジタルワールドでは通じなかったその一撃。けれど、“調律”されたそれは、もはや以前の比ではない。
皮も、筋肉も、骨も切り裂かれ、臓器が露出した今の状態で、すべてを焼き尽くす混沌の火に耐えることなど、できようはずもない。
破滅の波動が怪物の体内を駆け巡る。血管を、筋繊維を、細胞を、電脳核を焼き焦がす。破壊は連鎖し、その命の一欠片さえも残すまいと荒れ狂う。
怪物の口から呪詛にも似た断末魔が響く。肉体は崩壊し、旋律は弱々しく消えていく。
黒い粒子となって霧散する怪物を前に、古狼は小さく息を吐く。魔王もまた引き金から指を離す。
倒せた――そう安堵した瞬間だった。
巨大な腕が、古狼を薙ぎ払ったのは。
状況を理解するにはベルゼブモンさえ一瞬の間を要した。
デジコアを破壊されて消滅したミレニアモンの、その巨大な腕がエンシェントガルルモンへ襲いかかったのだと、そう理解するには。
倒した。確実に。
消滅した。間違いなく。
だが奴はまだ存在している。否、まだ、とは正確ではない。
死して、蘇ったのだ。
まるで炎や陽炎のような不定形の肉体を持つ、二色の獣が絡み合った、禍々しい姿で。
それも、天を摩するが如き馬鹿げた巨体を以て。
邪神――“ズィードミレニアモン”。
知るはずのない名が頭を過ぎる。知るはずのない恐怖と絶望が、蛮勇なる魔王の心にさえ杭のように突き刺さる。
腕をほんの一振り。抗うこともできず豆粒のように飛んだ古狼も、それを追うことすらできない魔王も、もはや眼中にもないのだろう。邪神はこれから滅びゆく世界を見渡し、薄く笑う。
まるで、悪夢そのもののような顔で――
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