□不定期(2018-2021)
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「……え?」

 硝煙の立ち込める戦場からがらりと様相を変えた目の前の景色。幻想的で現実感のない光景はまるで天国にでも来てしまったようだけれど――どうやらここは、まだあの世ではないようだった。
 星の海に浮かぶステンドグラスの舞台。それはかつて一度だけ訪れた場所。不思議な声に導かれ、スピリットを手にした始まりの場所だった。

「……ラ、ラーナモン、なの?」

 辺りをきょろきょろと伺い、自分をここへ呼んだであろうものへと問い掛けるが、返事はなかった。いいや、その存在は確かに感じ取れた。スピリットは、デジヴァイスの中で沈黙していた。

『――――……』

 不意に声が聞こえた。
 遠いようで、近いようで。囁くようで、叫ぶようで。どこからどう聞こえているかもわからない、不思議な声だった。

「“エンシェント”……?」

 聞き取れた声、いや、組み取れた思念が告げた名に、マリーは聞き覚えがあった。
 それはアユムから聞かされた古代十闘士の名であった。

「“エンシェントマーメイモン”……あなたが、あたしをここに?」

 声なき声は肯定の意を返す。
 そして水の祖は、一つの選択肢を後継者へと示すのであった。





 気が付けばマリーは再び戦場にいた。
 顔を上げれば去り行くスイジンモンたちの背が見えた。脅威は排除したと言わんばかり、倒れた自分たちはもう眼中にもないようだった。
 ぐっと、拳を握り締めて立ち上がる。
 アユムと灯士郎もまた立ち上がる。自分が何を見たのか、彼らが何を見たのか、何を決断したのか、話すまでもないことだった。
 顔を見合わせ、頷き合う。
 覚悟は決まっていた。大切なものを守る、そのためなら……!

 デジヴァイスが輝きを放つ。
 “スピリットエボリューション”――いいや、これは進化ではない。
 それは未来へ至ることのない、過去へと還る道。生命の羅針盤を捻じ曲げ、不可逆の道に踵を返すような、摂理への叛逆。

『ぐ、ぅあ、あ、あ、あぁぁぁぁーー!!』

 デジヴァイスから発せられる光の波が三人を包み込む。人魚、有翼の獅子、鏡の魔術師――三つの幻影が浮かび、徐々に色を帯び、それに反比例するように三人の姿は陽炎のように揺らいでゆく。

「敵性体、確認……」
「排除、排除……」

 振り返ったスイジンモンたちが再び臨戦態勢を取る。そこにいるのは死に損ないの非力な人間ではないと、彼らの電子頭脳は判断したのだ。
 事実それは、正しかった。

「排除、排っ……ジっ……!」

 スイジンモンが砲を構えると同時、砲口がボコボコとおかしな音を立て――瞬間、水晶が砲身を内部から貫く。

『そこまでだ、下郎』

 スイジンモンへ真っ直ぐに掌を向け、彼女は静かに言い放つ。
 その声はマリーのものであったが、その姿はラーナモンでもカルマーラモンでもない。鱗の鎧をまとった半人半魚の女傑――“エンシェントマーメイモン”は、三叉の矛を構えて冷たく鋭い眼光を向ける。

『放辟邪侈……好き放題にしてくれたな』

 鏡の身体を持つ緑衣の賢者“エンシェントワイズモン”がアユムの声で言い、そっとその手を振るえば鏡面に影が揺らめく。

『贖え、咎人よ』

 金翼を抱く黒鉄の獅子“エンシェントスフィンクモン”の口からは灯士郎の声、静かに息を吐き、敵を見据える。

「排、除……!」

 その存在を前に、血の通わぬ戦闘マシーンが戦慄したように見えた。
 一刻も早く消し去らねばならないと、一秒でも長く対峙していたくはないと、電脳核の本能が警鐘を鳴らす。だが――とうにその心配はなかった。

 エンシェントマーメイモンが三叉矛を振るえば万物に宿る“水”が応え、激流となってスイジンモンを飲み込む。赤い装甲の破片が水の中を舞う。
 エンシェントワイズモンが外套を翻すと同時、鏡面から巨大な腕が現れ、瞬く間にライジンモンを捕らえる。その腕の中でばきばきと、何かが砕ける音がした。
 エンシェントスフィンクモンが咆哮とともに放った閃光に、フウジンモンの姿が飲まれて消える。

 決着は一瞬だった。
 塵と消える侵略者たちを静かに見送り、けれど勝者たちは、悲しげに彼方の空を見遣る。

 それは、最後の切り札だった。
 本来の進化とは真逆、未来へ背を向け、始まりへと還る。始祖の、過去の力の代償は――未来だった。針路を外れてしまったものに、再び未来へ向かう道が拓かれることはない。

『さよなら』

 呟いた声はもう、彼女自身も知らない声だった。
 ふと吹いた風にさらわれるように、その姿は、音もなく消える。
 それは誰も知らない、英雄の物語――


-終-

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SS第95弾はリクエストお題【最後の切り札】です。
イフなので、イフなので……!
 
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