□不定期(2018-2021)
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【海中遊泳】

「よし」

 と、海を見ながらマリーは頷く。そして広い広い海原を指差して、コンビニでも行くように、こう言うのである。

「ちょっと泳いでくるね」

 それはマリーがビーストスピリットを手に入れてからしばらく、ようやく戦いの中で荒れ狂うビーストの力にも慣れ始め、僅かな時間であればコントロールもできるようになった頃。 スピリットを狙うデジモンたちを退け、人気の無い海辺の洞窟で小休止を取っていた時のことだった。
 海を眺めていたマリーが突然立ち上がり、なぜだか突然くるくる回りだし、どういう流れなのか突然そう言い出したのである。

「そうか、気を付けてな」

 言われて灯士郎はやや困惑するものの、アユムはマリーを見もせずそれだけ言う。
 ここのところ戦い続きだ。疲れもある。海水浴でたまの息抜きくらいはいいだろうと、考えたのはそんなところだった。

「うん、ありがと! スピリット・エボリューション!」

 なんてマリーの言葉に、ん? と、アユムが振り返った時には既にその姿は光の中。繭のような光の帯がか細い少女の肢体を包み込み、そのシルエットが巨大なデジモンのそれへと変わり、そのまま海へと消える。

「おい、今カルマーラモンになったのか?」

 ややを置き、やがてアユムは呆気に取られている灯士郎に問う。

「その、ようだ。すまない、止めるべきだった」
「いや、私も迂闊だったが……待て、海中で暴走する水の闘士なんて冗談じゃないぞ」
「どうする?」
「ちゃんと帰ってくるのを祈るしかあるまい。まったく、気の休まる暇もない……」



 陸上での仲間たちの心配なんて露知らず、カルマーラモンは海中を悠々と泳いでいた。
 息抜きの海水浴、というのも間違いではない。けどそれは半分。もう半分は、カルマーラモンの力に慣れるため。戦いの中で何度か覚えた感覚を、少し試してみようと思ったのだ。
 きっかけは、そう、沢山の敵に囲まれてしまった時のこと。四方八方から襲いくる敵を必死に触手で凪ぎ払った。前から、横から、後ろから、次々とくる敵を、手当たり次第にぶっ飛ばした。そして、戦い終わってふと、疑問に思ったのだ。なぜ自分は傷を負っていないのだろうと。どうして、真後ろの敵さえ正確に捉えてみせたのだろうと。
 考えて、そして思い至ったのだ。いや、思い出したのだ。ああ、見えていたからだ、と。

「……よし!」

 意気込んで、カルマーラモンはその人に似た身体を巨大イカの中へと埋める。戦闘能力に劣る人型部分を収納したそれは、格闘戦におけるカルマーラモンの全力戦闘形態。この姿でのみ放つことのできる必殺技が、ドリルのように高速回転する水空両用の突進技“タイタニックチャージ”である。
 と、理屈の上では知っているが、しかしながら実戦では一度もまともに成功したことがなかった。理由は簡単、人型部分からイカ部分へと主導権を渡すこの形態自体が、いまだ制御不能だからという、それだけのことである。

「よし……『“タイタニックチャージ”!』

 叫んで、その身体を回転させる。海流を切り裂いて巨大イカが高速潜航する。

『ぅ面舵ぃぃ、いっぱぁーい!』

 そう言いながら右へ。取り舵――今度は左へ、そして浮上、からの、減速。
 巨大イカは暴走の兆しも見せず、思った通りに海中を進む。
 そう、思った通り、だった。
 ずっと思い違いをしていたのだ。人型部分からイカ部分へ、人から獣へ、主導権を渡しているのではなかった。
 思えば当たり前のことだった。人型部分もイカ部分も、どちらも合わせてカルマーラモンだという、それだけのことだった。元より自分の身体の一部、そう認識してさえしまえば、制御できないはずがなかったのだ。

『はぁ……綺麗……』

 イカの目で澄んだ海の中を見渡し、イカの口で普段と少し違う声色で呟く。まあ、口のとこに人型部分が埋まっているので喋ってるのも結局そっちかもしれないが。
 カルマーラモンは次第に回転を止め、イカのまま悠々と海を泳いでいく。デジカムル、デジマグロ、ブラックデジマス、デジキンギョ……多種多様な魚が遊泳するデジタルワールドの海は、まるで水族館のようだった。淡水魚もいるけどまあよしである。

『今度二人も連れて来たげよっかな』

 なんて言いながらふふと笑う。巨大イカにそれをされても絵面はただのB級パニック映画だろう。
 ちなみにその頃、いつまでも戻らないマリーを心配し、地上の二人は今にも大海原へ捜索に乗り出そうとしていたのだが、そんなことは勿論知る由もなく、マリーはしばし海中遊泳を楽しみ続ける。
 この後すごく怒られたことは、言うまでもないだろう。


-終-



SS第93弾はリクエストお題【海中遊泳】です。
わりかし本編添い。
 
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