□不定期(2018-2021)
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【ライド・オン】
これまでの粗筋!
デジタルワールドに迷い込み、元の世界へ帰る手掛かりを求めて旅を続けるヒナタ。光のスピリットを手にしたことで、十闘士の力で世界を我がものにしようとする組織から付け狙われるものの、仲間たちの協力を得て遂にその野望を挫くのであった。
これで選ばれし子供としての使命を果たしたと安堵する一行だったが、しかし人間世界へのゲートは開かれる様子もなく、ヒナタたちは再び帰路を探す旅へと出ることとなる――
「はあ」
と、深く深く溜め息を吐く。
激闘を終えた、その日の夜。どうにも寝付けず宿を抜け出したヒナタは、裏手に停められたベヒーモスの傍らに座り、物思いに耽けていた。
使命を果たせば選ばれし子供は元の世界へ帰っていく。そう聞かされ頑張ってきたというに、結局帰る方法は分からずじまい。溜め息の一つや二つや三つも吐きたくなるというものだった。
「みんな、心配してるかな……」
もうこちらへ来て1ヶ月。心配していないはずがない。あちらは今頃大騒ぎだろう。早く帰りたいけれど、その方法がまるでわからないのだ。
もう一度大きな溜息を吐く。と、小さな駆動音が後ろから聞こえる。振り返れば音の主、ベヒーモスは前輪を僅かにヒナタの方へ傾けてみせた。
「ベヒーモス……ふふ、ありがと」
どうやら慰めてくれているらしい。どこぞの魔王様より余程気が利くいい子だ。と、ヒナタはその車体を優しく撫でる。
「はぁーあ」
なんて、大きく大きく息を吐いて、ヒナタは伸びをする。
落ち込んでいたって仕方がない。女の子が悲しそうな顔をしていたくらいで手を差し伸べてくれるほどこの世界の神様は甘くないのだから。
道は自ら切り開く。壁があればぶち破る。それがこの世界で学んだ処世術だった。処世術ってそういうんじゃないはずだけど。
「ねえ、気晴らしに少し走りたいんだけど、乗せてくれる?」
気持ちを切り替えよう、とヒナタはベヒーモスに問い掛ける。ベヒーモスは肯定するように前輪を少し浮かせる。たぶん頷いたのだろう。
よし、と意気込んで、ヒナタはベヒーモスの車体側面の溝に足をかけ、飛び乗るように跨がる。
「ん……」
いつもの動作。いつもどおり、なのだけれど。
普段は追手から逃げるようなことばかりで気にする暇もなかったが、こうしてただのドライブをするとなるとどうしても気になってしまうことがあった。
ヒナタは足元へ目をやって、そうして脚をぷらぷらとさせ、うんと頷く。
今更も今更だが、まるで足が届いていない。
ベヒーモスは人間の世界ではあり得ないほどに大きな車体を持つ。バイクに乗れるような人型のデジモンは誰も彼も2メートルをゆうに超えるような体格をしているようだから、この世界においては丁度いい大きさなのかもしれないが、16歳女子のほぼ平均身長なヒナタにとってはあまりに大きすぎた。
乗るというよりは載るというか、しがみつくというか、少なくとも自分で運転しているような気分になれたことはなかった。
そう言えばマリーもこんなの乗れっこないと文句を言っていた。乗るときはわざわざラーナモンに進化して飛び乗っていたっけ。と、そこまで考えて、ヒナタはふと思いつく。
進化、人型デジモン……。
ベヒーモスから飛び降り、ヒナタは光のヒューマンスピリットが輝くデジヴァイスを掲げる。まるで頭の上にぴこーんと煌めく電球のように。
「スピリット・エボリューション」
光の繭がヒナタを包み、その肢体を大きく逞しく変異させていく。繭を破って表れ出るのは“光のヴォルフモン”。
ヒナタは、いや、ヴォルフモンは傍らのベヒーモスへと目を向ける。
先程まで頭と同じくらいの高さにあったシートも今や腰ほどの位置。ハンドルを握り、すっと片脚を上げる。飛び乗るでもよじ登るでもなく、ただ跨いでシートに腰掛ける。
何ということだろうか。まるであつらえたようなジャストフィットであった。
載せられているのでも、しがみついているのでもない、今まさに、乗っているのだ。ライド・オンである。
「ふふ」
ハンドルを握り、ペダルに足をかけ、思わず笑みが溢れる。
さて、夜のドライブと洒落込もうか。
なんて、少しらしくもない物言いはヒナタとヴォルフモンと夜のテンションとが混じってか。
そうしてヴォルフモンは暗闇の荒野にベヒーモスを駆る。そのまあまあの物音に何事かとざわつくインプモンたちを置いて。
後でちょっぴり怒られたのは、言うまでもないだろう。
-終-