-花と緑の-
□最終話 『花とヌヌ』 その三 エピローグ
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シーンT:僕らの勇者(3/3)
「終わったんだ……」
「ああ、終わったぜ」
なんて言い合って、目配せをして、互いに笑い合う。柄にもなく抱き合いたい気持ちにも少しだけなったが、ヌメヌメなので止めておくことにした。
そうこうしていると扉がそっと開かれて、蝶のようなデジモンが部屋にやってくる。風貌は怪人・蝶女といったところだったが、口を開けば柔和で優しい雰囲気のご婦人だった。
「まあ、お目覚めになられましたか“選ばれし子供”よ」
「うん、おかげさまで。どうもありがとう」
頬の横で手を合わせてにこりと微笑む彼女に、あたしは会釈を返す。横からこそりとヌヌが「村長だぜ」と教えてくれる。上品に礼をする様はなるほど、確かに上に立つものの品位と貫禄を感じた。蝶女は失礼だ、お蝶婦人にしよう。
と、そこまで考えたところでふと、先程の言葉が頭の中で引っ掛かりを覚える。なんとなく流した言葉を反芻して、意味を考えて、おやと首を傾げる。
「お腹が空いておいででしょう? すぐにご用意いたしますわ」
「え、あ、はい」
そう言ってお蝶婦人は部屋から出ていく。残されたあたしはヌヌを見て、目をぱちくりとさせる。
「えと……“選ばれし子供”、って?」
間違いなく彼女はあたしをそう呼んでいたが、それはだいぶ序盤のほうで正されたただの勘違いではなかったか。
最初にあたしをそう呼んだ張本人、ヌヌはてへっと舌を出してみせる。
「なんかそういうことになっちまってよ」
そういうことになっちまってよときたもんだ。
魔神まで倒してしまったのは事実であるが、そこに至るまでの経緯を考えればあまりに大それた呼び名ではなかろうか。こんな選ばれし子供はいなかったろう。これからもきっといない。
ちなみに具体的な経緯は「なんかなりゆきで」である。
「まあ、いいじゃねえか。減るもんでもなし」
「寿命は減りかけた」
「ははっ」
殴んぞこのヌメヌメ。
はあ、と肩を落として首を振る。まあ、確かにあれ以上の厄介事はそうそうないだろうし、これでご馳走のクオリティが上がるだけなら一向に構わない、か。今フラグ立ったろうか。立つな折れろぽきっ。はい折れたぁ。
あたしは自分のほっぺをぱしんと叩き、ネガティブを振り払って立ち上がる。どこからかとてもいい香りが漂ってきていた。もういい、お昼だ。ご飯にしよう。
ぺしんとヌメヌメにデコピンだけして、選ばれしうんぬんは忘れることにした。もにゅんとデコらしき辺りを震わせて、ヌヌはいつもどおりの変な顔で笑う。
「なにその顔」
「なんでも」
「あっそ」
あたしはくんかくんかと匂いを追って部屋を出る。
残されたヌヌの静かに呟いた言葉が、匂いに夢中なあたしの耳まで届くことはなかった。
ふふ、とヌヌはまた笑う。
この子はただの迷子ですと、一言言ってやる時間も元気もなかったわけではない。ただ、誰もそうは言わなかった。
だって、言う必要なんてなかったのだから。
「お前が世界を救ったんだぜ、ハナ」