-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンX:真実の姿は(1/8)

 ぐ、と苦しげに声を漏らす。黄色い熊こともんざえモンは、焦っていた。
 頼もしきこん棒の勇者のあの表情は、本当の本当に心底切羽詰まった時のそれだろう。魔術師も徐々に押されはじめているし、ニセドリモゲモンも決して旗色はよくなどなかった。そうして、他ならぬ自分もまた。

 ワルもんざえモンのボディブローが脇腹を捉える。鈍い音を立ててめり込む拳に、身体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。数度横転しながら地面を跳ねる。跳ねて、倒れて、そしてのそりと立ち上がる。ワルもんざえモンが忌ま忌ましげに舌打ちをした。
 さすがの奴も我がタフネスには多少なり苛立ちを覚えている様子。まあ、種を明かせば中で避けまくってて殴られてるのはほぼがらんどうの熊ってだけなのだが。しかし本体がいまだほとんどノーダメージとはいえ、疲労は当然蓄積していく。ぶっちゃけしんどくなってきた。ゾンビの如きしぶとさをもってしても多少の時間稼ぎと嫌がらせにしかなっていない。誰がゾンビだ。
 それはともかくさすがは曲がりなりにも世界征服を目論む悪の組織の首領か。さっさと倒せという目力による勇者からの無言の指令には、そうそう応えられそうもなかった。困ったな。いやまじで。超逃げたい。

「ああ!? ヌヌ!」
「く、ヌヌ君!」

 とかなんとか真顔の裏で弱音を吐いていると、叱咤するように二人が叫んだ。なによもう、とぷりぷりした顔で振り返る。怒られたわけではなかったことには、すぐに気が付いた。

「っ! ぅおおっ!?」

 振り返ったその目と鼻の先に見えたのは、飛来する黒い歯車。その少し後ろにはナイフ片手に走り寄るトループモンまで。

「すまない、取り逃がした!」
「あたしもごめん! 何とかして!」

 という状況はご説明されるまでもなかった。雄叫びを上げながら寸でのところで歯車を避け、突き出されたナイフをかわしてトループモンのその腕をつかむ。僅かに掠った刃先に綿毛が舞う。腕ごとラバーの身体を引いて一回転、振り回した勢いのまま放り投げてやる。
 ぎり、と歯列を軋ませる。目線は既にトループモンから外して後方を振り返る。狙う先は空中で旋回し、再びこちらへ向かってくる歯車。がぎん、と響く金属音。ハンマー投げのようにぶん投げたトループモンの、その硬質のガスマスクが見事歯車へ命中する。両者は諸共に砕け散り、黒い破片が花火のように跳ぶ。

 いようし、ざまあみろ。などと、本当はガッツポーズくらいしてやりたかったのだが、生憎そんな余裕はちっともない。相対するのはこんなにわかりやすい隙を見逃してくれるほど、易い敵ではないのだから。険しい顔を崩せぬまま、トループモンを投げた腕とは逆の腕をすぐさま振るう。が、その手は容易く払われてしまう。
 ずん、と重々しく、ワルもんざえモンの正拳が胸に突き刺さった。

「ぅおへっ……!?」

 漏れた声はこれまでの「びっくりしたなあもう」の意味ではない。身体の真芯を貫く衝撃。筋肉を引き裂き、骨子を軋ませ、臓器を震わせるが如き強烈な一撃。筋肉と骨はないが気分としてはそんなところ。臓器はあったかな。
 あまり経験のないダメージに思考回路もかつてないポンコツっぷりを見せる。
 ワルもんざえモンがにたりと口角を上げる。手応えあり、とばかり。
 
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