-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンT:犬との決闘(2/7)

「いくよ!」

 魔術師と歯車たちに怒声のように呼び掛けて、金属の床を強く蹴る。「はぐはぐ」と返事であろう変な音が歯車たちの口から鳴った。こうなってはここに留まるだけ足を引っ張り続けることになる。「あなたを残して行けるわけがない!」くらいはヒロインなら言うべきかもしれないが、そんな聞き分けのないことをのたまっている余裕はない。こんな思考だからヒロインになれないのかあたしは。
 軽く落ち込むあたしを余所に、背後で重々しい音が鈍く響いた。次いで熊の叫び、そうしてまた、重低音が薄闇を揺らす。

「ぶひゃ!」

 魔術師が歯車たちに向かって小さく杖を振り、単なる指示か魔術か、応えて歯車たちが魔術師に追従する。熊たちの戦いに背を向けて、いずこにあるかもわからぬ出口に向かって走り出す、その間際だった。頭上から聞こえたおかしな笑い声の正体は、姿を見るまでもなく理解できた。視界の端を過ぎった影は瞬く間にあたしたちの眼前へと現れて、大きな口を両手で覆いながらまた笑う。

「ぶひゃひゃ! 逃げる? 逃げる? ざぁーんねん! 無理ぃー! ぶひゃ!」

 そう、小さな前足では隠しきれないほどに大口を開けて立ち塞がるのは黄色いアメリカンわんこ。もといドッグモン。一足に回り込んできたのか。ニセ博士を連れ去る時にも見せたその俊敏さはやはり侮れない。こんな見た目とキャラの癖して、とはブーメランにもほどがあるので言わないでおくが。

「悪いが……押し通るよ!」
「ぶひゃ?」

 けれど、そんな犬にも魔術師は走る勢いそのままに、右手に杖を構えて言い放つ。一瞬、腹立つキャラに顔をしかめていたあたしを一瞥する。刹那のアイコンタクト。今度こそ頑張って察したあたしは、すぐさま背中の得物に手を伸ばす。
 杖を奮わんとする魔術師に犬は身構えて、魔術師もまた杖を握る右手を真横に広げる。激突は次の瞬間。と、犬が考えたであろうその時だった。魔術師が、意識の逸れた左手を突き出したのは。
 ぱちん、と指を弾けば火花が爆ぜる。指先から細く鋭い雷光が閃いて、瞬きほどの間も与えず犬の脳天へと突き刺さる。

「ぶぎゃ!?」

 不意を衝かれた犬は為す術もなくまともにその電撃を浴びる。全身が震え、呻き声が漏れる。

「ハナ君!」
「よしきたぁ!」

 見た目と犬のリアクションからしてそう強い電撃ではないのだろう。ではないけれど、衝撃に動きは完全に止まる。あたしは骨こん棒を手に駆ける。よおし、合ってた! 犬の目前で骨こん棒を両手に構え、力の限りスイングする。横薙ぎの一撃が犬を捉えた。ぼむ、なんて音を立てて黄色い体が宙を舞う。

「ぁえ!?」

 すべて狙い通り。その、はずだったけれど。
 おかしな音におかしな感触。手応えがない? いいや、確かにぶん殴って、ぶっ飛ばした。だが、

「っぶひゃひゃ!」

 吹き飛んだ犬はぼむんぼむんと辺りを数度跳ね、けろりとした顔で笑い声を上げてみせる。まるでゴムボールでも打ったような感触だった。見た目通りのふざけた体というわけか。

「っ! 危ないハナ君!」

 だが隙はできた。退路からは排除した。今のうちに脱出を、とそう思った間際に再び魔術師が叫ぶ。

「え? ぅおあっ!?」

 不意に別方向から飛んできたそれは、あたしの真横ほんの数十センチの距離で勢いよく床に叩き付けられる。低い呻き声を漏らし、そのままごろごろと転がって後方の壁へと激突する。犬よりずっと大きなそれ。視界の端を過ぎったものが熊であることに気付いたのは、一拍遅れて振り返ったその後だった。

「ヌ、ヌヌ!?」
「か、構うな! いたい! 行けっ!」

 少しだけふらふらしながら立ち上がり、そう言って再びキャットウォークのワル熊に目を向ける。ワル熊は相も変わらず余裕たっぷりに、かかって来いと言わんばかりに薄笑いを浮かべていた。ぎりぎりと歯列を鳴らし、熊は促すように小さくあたしに手を振ってみせる。あのヌメヌメが「俺に構わず先に行け」をできるにまで育ったことにはどこか親にも似た感慨を覚えたが、今はそんなことを言っている場合では勿論ない。何か恰好いい台詞の間に弱音が挟まっていた気もするが、それはともかく熊の頑張りを無駄にしないためにもあたしはすぐさま頷いて走り出す。
 
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