-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンT:犬との決闘(1/7)

 例えばの話。
 あの日から今日までの選択肢がたった一つでも違っていたとしたら、ここにある“今”も違っていただろうか。
 例えばの話。
 その出会いが偶然の産物に過ぎないのであれば、数ある可能性の中にはここにいる以外の“あたし”も有り得たのだろうか。
 例えばの話。
 もしもヌヌと出会えていなければ、このあたしの、雨宮花の人生はどう変わっていただろうか――

 煌々と闇に点る魔術の明かりが閃く眼光の間に揺れる。切っ先を打ち合うような視線の矢が互い違いに飛び交って、空気が冷たく張り詰める。胸の内には熱く真っ赤な戦意をたぎらせながら。
 さあ、と誘うように盗賊たちの首領・ワルもんざえモンが薄く笑う。あたしは骨こん棒を構えて硬質の床を強く踏み締める。続くように熊と魔術師も臨戦態勢を取る。反応が一瞬遅れた理由に関しては、一先ず置いておこう。

「ヌヌ」

 と視線は前へ向けたままに呼び掛ける。ワル熊は余裕の笑みを浮かべ、けれどもその目は一部の隙も見逃さぬとばかり、あたしたちを真っ直ぐに見据えて離さない。熊はぎりぎりと歯列を軋ませて、静かに息を吐く。

「ああ、わかってる」

 それだけ言って、一歩を踏み出す。何をわかってくれたのかはちょっとわからなかったが、あたしはこくりと頷いて返す。魔術師が僅かな動揺を見せた。

「ほ、本気かい? 今までの相手とは……」
「心配すんな。やばくなったら逃げっから」

 そう言って笑う熊に、魔術師は眉間にしわを寄せてあたしを見る。言葉はいらない。目と目で語り合う。という段階までは残念ながら辿り着けていないので何が言いたかったのはさっぱりだが、聞ける空気じゃないのでとりあえず頷いておく。まだ会って数日だもの。
 魔術師は苦々しい顔で一度だけゆっくりと頷いて、杖を構える。その表情はまるで、死地へと赴く戦士を見送るよう。事ここに至ってようやくぼんやりどういう空気かわかってきたが、時は既にすごく遅かった。ワル熊がにやりと口端を歪める。

「作戦会議は、終わったかな?」
「はっ、余裕かましやがって!」

 吐き捨てるように返すと同時、一瞥だけをあたしたちに向ける。その目の奥に決意を湛えて戦意を燃やす。

「ハナを頼むぜ、ウィザーモン!」
「心得た。武運を祈るよ、ヌヌ君」

 そんな言葉を交わし、熊は金属の床を穿たんばかりに強く強く踏み締める。

「ヌ、ヌヌ! ほんとにすぐ逃げていいからね?」

 ずだん、ともう一踏み。四股を踏むように熊は両の足を順に打ち下ろす。知らない間にあたしが行かせた感じになっていたので慌てて言えば、熊は敵を睨み据えたまま不敵に笑う。なにもかも、とうに見透かされていたかのように。

「おうよ! また会おうぜ!」

 とだけ言って、瞬間に跳躍する。その声さえをも置き去りにするように。あたしはその背を一瞥し、ほんの僅かの躊躇いを置いて踵を返す。睨み合うワル熊が薄笑いを浮かべたのが最後に見えた。
 
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