-花と緑の-

□最終話 『花とヌヌ』 その一 四天王決戦編
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シーンV:復活の男爵(1/7)

「さて、と」

 ぱんぱんと手を払い、身体を逸らして伸びをする。どこのどんな筋肉が凝り固まるのかは疑問だが、メタルなうんこことダメモンはどこか満足げにも見える顔で息を吐く。ダストシュートに一瞥だけやると、踵を返して通路を戻っていく。ちちっ、と頭上から小さな鳴き声が聞こえたのはそんな時だった。

「やあ、おかえりチューチューモン。どうだった?」

 壁を駆けて天井から降ってくるネズミに、歩みは止めずにそう声を掛ける。ダメモンの肩に飛び乗り、背中の座席にどかっと腰掛けて、小さなネズミのデジモン・チューチューモンはちきちきと笑う。尊大な態度で踏ん反り返り、後ろ脚でダメモンの後頭部を乱暴に小突いて何事か耳打ちする。ダメモンは気を悪くする風もなく二度三度頷いて、少し。わお、と大袈裟に声を上げる。

「驚いた! まだ頑張ってるのカイ? ボスには勝てっこないと思ったけど、ひょっとしたらひょっとしちゃうカモ?」

 なんて、両手で頬を挟んでぶるぶると身体を震わせる。そんなダメモンにチューチューモンはもう一度ぺしりと頭を蹴飛ばして、溜息を吐きながら肩をすくめてみせる。

「オウ、冷たいネ」

 チューチューモンの反応にダメモンは、その仕種を真似るように肩をすくめ、やれやれと首を振る。

「そんなだからミーしか友達いないんだヨ!」

 とか言えばまた蹴られてしまうが、相変わらずダメモンは気にもせずにからからと笑う。そうこうしている間にも足は止めることなく、無人の通路をとてとて進む。勇者一行と会った丁字路から来た道を引き返し、左に折れた一本道を曲がり、そうして最初の角で立ち止まる。左右と前方に道が分かれた十字路で、三方に張った巨大な“クモの巣”を順に見る。いや、正確に言うならそれはクモが張った巣などではない。通路を完全に塞ぐほどに巨大なそれ。そんなサイズのクモならこの世界にはいくらでもいるものの、巣には不釣り合いな大きすぎる獲物をもいとも容易く捕らえるそれは、頑強なワイヤーロープを組んだ網にトリモチのような粘着質のゲルから造られたトラップだった。それは、クモ以上に賢しい何者かが仕掛けたもの。
 ふうむと唸る。捕われた獲物を、じたばたともがくトループモンを眺め、どこに隠し持っていたのかトンファーを取り出す。ぴょいと、軽やかな身のこなしで左側の通路へ跳躍し、

「よっと」

 気の抜けた掛け声でガスマスク目掛けてトンファーを打ち下ろす。ごしゃん、と。気は抜けてない重々しく鈍い音が石壁に低く反響する。トループモンでは身動きすら取れないクモの巣がいとも容易く諸共に引き裂かれ、ガスマスクは額から陥没し、断裂し、原形を留めない程に破損する。

「ほいっ」

 束縛からは逃れたもののもはやトループモンには動く力すら無い。びくんびくんと痙攣し、割れたマスクから白い煙を噴く。倒れる間際のその肩を蹴って宙で反転し、ダメモンは右側のクモの巣へと飛び込む。巣の目前で再度身体を捻り、再びトンファーを繰り出す。次は三度。玉突きでもしたか縺れ合って巣に掛かる三体のトループモンを続けざまに殴打する。

「よいさっと」

 そうしてまたひしゃげたトループモンの前から飛び退いて、残った正面の通路へ向かってトンファーを構える。最後は少し大所帯。見えるだけで十はいるだろうか。クモの巣に掛かったのは先頭の数体だけだったが、後続のトループモンはそれを助けるでもなく迂回するでもなくただただ前進あるのみ。ぎっちぎっちとおしくらまんじゅう。所詮は頭にニセと付いたエセ博士か、と。溜息を吐いてダメモンは石畳を蹴る。その姿が途端にゆらりと揺らいで掻き消えて――瞬き一度の間にクモの巣とトループモンたちの後ろへと音もなく現れる。

「さて……では参ろうか、チューチューモン?」

 振り返ることもなく、背後のトループモンにはとうに興味もないとばかり。歩き出したその背はいつの間にか、小さなダメモンのそれではなくなっていた。静かに、けれど雄々しく威風堂々と、武人はその場を後にする。残されたトループモンが倒れ伏したのは、直後のことだった。
 
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