-花と緑の-

□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンU:川辺の情景(1/8)

 
 谷間をひたすらに飛んで、飛んで、30分近く。木の枝のように分岐する渓谷を右へ左へ。もう自分たちでさえどこをどう通って来たかもわからなくなった頃、ようやく谷底を流れる川の辺へと降り立つ。両手を折った膝の上について、熊が大きく溜息を吐いた。その頭の上からのそりと降りて、あたしもまた肺の空気を搾り出すように息を吐く。

「はあ……死ぬかと思った」
「ハナでもか。そりゃよっぽどだな」
「よっぽどよ。なんかもっとサクッといくと思ったんだけど」

 三兄弟を苦もなく倒せたものだからてっきり。

「ハナ君、さすがに侮りすぎでは」

 なんて言う魔術師の指摘はもっともなのだけれど。だって熊超強かったんだもの。

「ねえ、さっきのぬいぐるみって……」
「ああ、ポキュパモンだ」

 答えた魔術師に、あたしは眉をひそめて真剣な顔で問い返す。

「ポプタモン?」

 まあ、噛んだけど。

「言えてないぞハナ。ポギュパっプん……モンだ」
「もっと言えてないじゃない」
「似たようなものだと思うが……いや、それはともかく、ポキュぷモンとはダークエリアに棲息するウィルス種のデジモンだ」
「今噛んだ?」
「噛んだな」
「すまない。噛んだが話が進まないので流してもらえるだろうか」
「そうだな。不毛だ」

 もっともだね。

「それでポク……ポッキュンって強いの?」
「そうだね、ある程度の個体差はあるが、おおよそオーガモンたちと同程度だろう」

 早々に同等か。立場ないな三兄弟。ドンマイ、中ボス。

「ポぷ……ポッキュンはかつて、生存競争に敗れたことで闇の領域へと追いやられたデジモンだ。レッドデータ――絶滅危惧種と言われている」
「え? そんなの倒しちゃっていいの?」
「うん? ああ、まあ絶滅したらしたで仕様がないからね」
「そんなもんなんだ……」
「デジタルワールドってのは弱肉強食なんだぜ、ハナ」

 ドライな世界だね。てゆーかその世界観で一体誰が絶滅を危惧してなどいるというのだろうか。あたしとしても向こうが命を狙ってくるなら種の保存なんて正直どうでもいいんだけど。あたしは命が惜しいもの。
 ふう、と息を吐いて、崖の上から僅かに顔を出す森を見上げる。それにしても本当に森にはいい思い出が一つもないな。まったく、森の神様はそんなにあたしが嫌いなのか。薄暗い森の奥からぬっと顔を出すあのホラーなぬいぐるみは、さすがの勇者様もしばらく夢に見そうだ。

「ところで、ポッキュンの後ろにいたのは何だ? オイラ見たことねぇんだけど」

 なんか早速定着してきた。なんかごめんねポッキュン。

「ああ、私も実際に見たのは初めてだが、恐らくトループモンという擬似デジモンだ」
「トループモン……聞いたこともねぇな。ん? 擬似って何だ?」
「またそんな珍しい奴なの?」
「いや、自然発生する種ではないんだ。デジモンの生体エネルギーをあのラバー装甲の中に詰め、プログラムによって動かすオートマトンの一種だ。昔、ある戦争で兵器として運用されていたものだよ」
「強いの?」
「一体一体は……そうだね、ゴブリモン以上・オーガモン未満といったところだろうか」

 熊が疾走してるだけで蹴散らされた小鬼よりは強くて熊に一撃で蹴り倒された大鬼よりは弱い、か。それはなんともまあ、

「しょっぱいね。倒せたんじゃないの?」
「狙撃がなくて増援も来なけりゃな」
「ああ、そっか。って、めんどくさい相手ねぇもう」
「まったくだな。せめてあの狙撃だけでもどうにかなりゃあな。大体あいつらどうやってオイラたちを見付けてんだ?」

 と、熊が問えばなぜだか魔術師がぎくりと小さく震えた。

「う……すまない二人とも。それに関しては完全に私のミスだ」

 申し訳なさげに顔を伏せ、頬をかく。目線は右へ左へ忙しなく、見るからに泳ぎまくっていた。

「え? どういうこと?」
「“黒い歯車”だ。恐らくあれを探知されていたんだ。一撃目の後、少しの間狙撃が止んでいたろう?」
「ん? ああ、確かに」
「私の魔術結界に阻まれていたせいだろう。それを……」
「“羅針盤のように使う。きりっ”とか言って解いちまったせいか」
「うっ……うぅ、そ、その通りだ」

 答えて魔術師はおもむろに両手で顔を覆い、ゆっくりとあたしたちに背を向ける。見えずとも今どんな顔をしているかは容易に想像がついた。熊さんや、その辺で許しておやり。
 
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