-花と緑の-

□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンX:緑のの冒険(1/2)

 
 にゅるり、と。微かに聞こえた妙な音に、牢の前に立つトループモンがはたと天井を見上げる。だが、そこに見えたのはいつもと変わらぬ石造りの天井。少しの間だけ辺りを見回して、変わらぬ囚人たちの姿を確認し、トループモンはふいと視線を戻した。気のせいか。とでも言わんばかりの動作だったが、言語機能を持たない彼らが実際にそんな言葉を口にすることはなかった。機関銃を構え直し、再び命令通りに待機する。
 トループモン――それは与えられた命令だけを忠実に実行するアンデッドデジモン。特殊ラバースーツに覆われたその身体は、実体を持たない純粋なエネルギーの塊だけで構成されている。命を持たず、意志を持たず、感情を持たない彼らは創造者の傀儡に過ぎないのだ。意思の疎通と自己判断のために最低限の自我は与えられているものの、基本的に彼らの行動が創造者の命令の範疇を越えることはない。こんな場面の「気のせいか」が気のせいなわけないことさえも、命令になければ夢にも思えないのである。

 へ、この能無しの大間抜けどもが。なんて、そんなトループモンたちを天井の石と石の隙間から見下ろして、緑の軟体生物ことヌヌは声を上げずに嘲笑する。内心びくびくしながら張った精一杯の虚勢であった。作戦決行から僅か数秒で迎えたピンチに、胸が跳ねるように高鳴る。音を立てずに這うなどジャングルではやる機会もなかったことだ。つい油断して粘液の滑る音を立ててしまい、早々ともう駄目かとも思ったが、どうにか咄嗟に石壁の隙間へ潜り込むことで事なきを得た。目玉とか歯とか絶対入るはずもないと思ったが、なんかどうにかなった。こんな状態でどこの臓器がどきどき言っているのかは疑問だが、それはともかくヌメモンってすごい!
 自画自賛をしながら隙間をにゅるにゅると進んでいく。ずっと誰も何も突っ込んでくれないこの孤独には少しめげそうにもなったが、こんなことで諦めたらあの世でもう一回殺されそうな気がするので頑張ることにした。

 牢を後にして十数分。壁の中の隙間を潜航し、やがて人気のない薄暗い廊下に出る。さっきから自分の身体は一体どうなっているのか。気にならないと言えば嘘になるが、別に現状不利益も不調もないので一先ずそれは横へ置いておく。
 通路を見渡して、思案して、どうせどっちへ行けばいいかなんてわかんないことに気付いてやっぱり適当に進みだす。右へ左へ上へ下へあちらへこちらへと、思った以上に広大なアジトの中をひたすらにぬめり回る。構造を探れと言われたが今来た道すら既に怪しかった。どこにあるかわからない見取り図にも期待はできないだろう。だからせめて出口へのルートくらいは覚えて帰ろう。でないと明日はない。
 とりあえずは探り回ることを止め、先に外へ出てみることにした。壁も無視して真っ直ぐに進めばさすがにいつかどこかには出られるだろう。再び潜航を開始する。壁を前にするとさっきはどうやって入ったのかと多少戸惑ったものの、やってみたら普通にまたできた。ここに来て目覚めたヌメモン族の新たな必殺技か。リキッドストライク、パケットトランスミッション、デジ忍法・壁抜けの術、石の中にも三年(ストーンダイバー)、レボリューション・ザ・リバティ〜自由への飛翔〜――さて、どう名付けたものか。
 うん、と頷く。やはり突っ込んでもらえないのは寂しかった。今どうやって頷いたっけ。とかなんとか考えていると、やがて前方がうっすらと明るくなってくる。どうやらどこかへはついたようだが、しかし外はそろそろ夜のはずだ。明かりが見えるということはまだアジトの中か。慎重に、そろりと目玉を壁からぬめり出した。
 
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