-花と緑の-
□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンW:牢獄の勇者(6/6)
「まあいいわ、戻れたんだし。さあヌヌ、今こそその存在意義を示すのよ」
力強く親指を立て、有無を言わさぬ目力で微笑みかける。ヌヌはどこか苦々しく笑い返してみせた。
「成る程な……確かにこれならぶっ壊さなくても出られるけど。なあ、ヌメモンの戦闘力がどんな程度かとかもちゃんと計算に入ってる?」
「全然」
「ふ、ハニーのそういうとこ嫌いじゃないぜ」
「ありがとう。じゃ、行って」
びしりと牢の外を指差して、力強く頷く。せめて武運を祈っているわ。魔術師もそれに続く。そう、望みはこのヌメヌメへと託されたのだ。仕方がなく。
「ヌヌ君、できればアジトの構造も探ってくれ。見取り図が手に入ればなおいい」
「やるってまだ言ってないんだけど……くそ、他に手もないか。何で戻れちまったんだ」
ぶつぶつと零しながらにゅるりと熊の肩に手をかける。貧乏クジ引いたみたいに言いやがって。旅立ったあの時から当たりクジなんて一個もないっての。ヌヌは熊の肩越しにそろりと牢の外を覗き、ゆっくりと振り返る。爽やかに微笑み、たわけたことを抜かしてみせた。
「ハナ、ハナ。めっちゃ怖い」
「いいから行けっての。みんな死んじゃうでしょーが」
目玉の間をつかんで塗り込むように壁にぐいっと押し付ける。緑の軟体はいとも容易くその形を変え、壁へと張り付く。はい、いってらっしゃい。ふぁいと。
「退くも地獄、進むも地獄か……」
一度だけ恨めしそうに振り返り、そんな言葉を吐き捨ててヌヌは見張りの死角となる天井へと上っていく。やれやれ、今頃気付くなんてどうかしてるな。ずっと地獄だよ!
「ハナ君……心配ないよ、ヌヌ君なら。信じて待とう」
明かりの届かない高い天井の暗がりへヌヌの姿が消えた後、天井を見据えたまま険しい顔をするあたしに、魔術師は優しい声でそう言ってくれる。心配というとちょっと違った気も大分するが、水を差すのも何なのでノリは合わせることにした。あたしは無言で頷いて、もう一度視線を戻す。食糧庫も探しといてって言い忘れたな。それはともかく頼んだよ、ヌヌ。あなたがあたしたちの、最後の命綱なんだからね……!
思わず熊の二の腕をつかんだその手に、知らず力がこもる。危険は百も承知している。だが、それはあたしたちも同じ。大人しく捕まったお陰か今は拘束も見張りも甘いようだが、ヌヌが見付かればそうもいかなくなるだろう。熊の腕力で真っ向勝負という、最後の選択肢を半ば捨てたに等しいこの作戦。魔術師もヌヌも口にはしなかったが、失敗すれば後はない。
深く大きく息を吐いて、あたしは牢の隅へと静かに腰を落とす。もはやじたばたしても仕様がない。ただ待とう、魔術師の言う通り。独りぼっちの戦場へと発った小さな勇者の、その帰りを信じて――