-花と緑の-
□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンW:牢獄の勇者(1/6)
剥き出しの岩肌、時に細く、時に低く、道とも呼べない道はまるで、ここに至るまでの困難を暗愉するかのよう。まさに勇者の旅の縮図とでも言うべき暗がりの道を進み、進み、あたしたちはそこへと辿り着く。
巨大な壷の中、とでも形容すべきか。半球を縦に伸ばしたような独特の形状。建物でたとえるなら四、五階に相当する高さ。壁際には数本の太い柱が立ち、それを支柱に中央が吹き抜けになったドーナツ状の床板が段々に並び階層を形成する。
先程差し込んだ光はそこかしこに灯る松明の火。窓もない洞窟の中だが真昼のように明るかった。
周囲を見渡して、見回して、ほう、とあたしは息を吐く。無表情の熊と魔術師を順に見て、うんと頷く。まあホントは熊は無表情なのが正しいんだけどね! って言ってる場合じゃないや! てへっ!
「うきゃーっきゃっきゃっ! YO! よく来たな! 待ってたZE!」
沈黙と静寂を無造作に引き裂いて、あまりに場違いな音量とノリでそう叫び、唇を剥き出して猿はおかしなポーズを決めてみせた。
猿……そう、猿である。何と言うなら間違いなく猿である。上階からスコープの奥に光る両の目であたしたちを見下ろして、なぜだかスニーカーをはめた両の手をびしりとこちらに突き付ける。その容姿は、ピンクのお猿としか言いようがない。前脚という意味なら手のスニーカーもある意味正解か。いや、じゃなくてね。ちがくてね。そんなことはどうでもよくってね。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! 来ちゃった? 来ちゃった? ワンダフル! つって! ぶひゃひゃ!」
なんていう、涙目でよだれを垂れ流しながら明後日の方向に振り切ったテンションで腹を抱えて笑うのは、犬だった。黄色い体で二足歩行の変な犬。大きな目と口の思い切ったディテールは、数世代前のアメコミにでも出てきそう。あたしたちを見ながら隣の猿と仲良さげに笑い合う。犬猿の仲とやらはどうしたのか。いや、そんなこともどうでもよくってね。
「ギャギャギャ! ご苦労だったな、ボスもお喜びになるギャ!」
まだまだ続いてそんなおかしな語尾で言ったのは、白衣と博士帽の青いミニ恐竜。その言葉に「コフー」となんだか見覚えのあるグロいぬいぐるみが頷いた。
「しっかし随分のんびりさんじゃねーNO? うんこちゃんYO!」
左から順に猿、犬、博士、ぬいぐるみと来て、そうしてもっかい猿。右腕を掲げ、片脚でくるりと一回転してから、左手でこちらを指差した。スニーカー履いて指見えないけど多分そんな感じ。こちらというかまあ、明らかにダメモンに向かって言っていた。あたしはゆっくりと息を吐き、肩をすくめる。チェケラなチャラい猿と、アメコミな黄色い犬と、ギャギャギャな青い恐竜博士と、やっぱりどっかで見たポッキュンと、その横にあたしたちを取り囲むようにぞろりと並ぶガスマスク軍団とを順に見て、ふと笑う。その手には黒々と鈍く光る機関銃らしきもの。銃口は一つ残らずこちらを向いていた。ぎぎぎと首を捻ってダメモンを見る。深く、息を吐いた。ねえ、と笑顔でダメモンに語りかける。
「お友達?」
状況がよくわからないのでとりあえず聞いてみた。本当はだいたいわかっていたけれど、現実はまだ直視できない。ダメモンがいい笑顔で頷いた。
「まあ、そんなようなもんかナ!」
ぴょいーんと小さな身体で大きく跳ねて、そのまま猿たちの元へと駆け寄っていく。去り際にダメモン、もといクソうんこ野郎は力強く親指をおっ立ててみせた。
「てわけで三名様ごあんなーい! 後はグッドラックネ!」
あたしは熊を見て、魔術師を見て、おもむろに右手を右側頭部へあてがう。続いて同様に左手を左側頭部へと添え、両足は四股でも踏むように大きく開く。あらやだはしたない。そっと、上体を反らして、高い天井を見上げて大きく口を開く。肺と声帯を振り絞るように、魂の雄叫びを上げる。だ……、
「騙されたああああぁぁぁぁーー!?」
おおぉう、まいごっど! なぜなのほわーい!?
「ハナくぅーーん!?」
「勇者の勘どうしたああぁぁ!?」
それについては本当にごめんとしか言いようがない。ごめんね。てゆーか空気読んでよ! なんかいける流れじゃなかった!?
「アッハハ、こんな怪しいの信じちゃダメダメネ!」
おっしゃる通りですね!
「くっ、まんまとしてやられたわ! ねえ!?」
「あ……おお、恐ろしい罠だったな!」
「そ、そうだね……!」
敵ながらあっぱれ、みたいな顔で同意を求めれば、一拍遅れて熊と魔術師がぎこちなく首を縦に振る。責任の所在を問うても無益であると気付いてくれたのだろう。ノーガードで殴り合うようなものである。一回納得したじゃんね。