-花と緑の-

□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンT:歯車の誘い(1/5)

 デジタルワールドに点在する大小様々な“小世界”。個々が独自の自然体系を有し、独自の進化・歴史を歩んできたそれらは、同じ世界の中にありながらそれぞれが独立した別世界として存在している。
 あるいは魔術師たちが暮らす魔法世界。あるいは恐竜たちが跳梁跋扈する古代世界。あるいは闇の眷属がうごめく暗黒世界。交じり合えど、混じり合わず、多様な進化と歴史が、このデジタルワールドには混在しているのだ。

「小世界の地質、気候、生態系や、小世界そのものの自転、公転周期、その軌道、場合によっては進化や歴史の方向性に至るまで……すべてを統括管理するオペレーティングシステム、小世界の心臓部、それが――“コードクラウン”だ」

 そう語る魔術師に、あたしは熊と顔を見合わせて、少し。再び視線を戻せば、魔術師は小さく頷いてみせた。いまいちよく解らなかったのでとりあえず格好いい顔だけしておいたことには、どうやら気付いていないようだった。

「僥倖というべきだろうね、あそこでニセドリモゲモンを倒せたことは。彼らはあの時まさに、目的を遂げるその間際だったんだ」

 拳を握り、苦虫を噛み潰したような顔で魔術師は言う。目的を遂げる間際――つまりそれは、

「え? ちょ、ちょっと待って? じゃあ、その“コードクラウン”っていうのは……」
「そう――あの鉱山の地下に隠されていたんだ。鉱山周辺に毒リンゴが異常発生していたのも、彼らが“コードクラウン”に近付いていた証拠だ」

 魔術師は前方を飛び行く歯車を一瞥し、僅かに眉をひそめた。

「本来ならば幾重ものファイアウォールによって守られ、その存在すら秘匿されているものだが……“黒い歯車”といい、どうやらただの盗賊ではないようだね」
「ああ、確かに聞いたこともねえしな、そんなもん」

 魔術師の言葉に熊は眉間にしわを寄せ、腕を組んでふうむと唸る。ただの盗賊ではない、か。いや、そう言えば確かにあいつらグラ……クラ? クラムチャウダー試食会? 絶対違うな。まあいいか。試食会の連中についてバロモンさんも何か言ってたような気がするな。なんだったかな。確か――

「魔王の部下?」

 記憶を巡り、掘り起こし、頭の片隅に見付けたそれをふと口にする。そうだ。最初にゴブリンがヌヌたちの村へやって来た時、バロモンさんは確かにそんなようなことを言っていた。気がする。

「おお、そういや長様が言ってたな」
「ま、魔王? どういうことだい?」

 熊がぽんと手を打てば、そう言えば何も話していなかった魔術師が目を丸くする。後日談まで完全に終わったイベントだとすっかり油断していたが、魔王配下の生き残りと言っても搾りカスのような連中と侮っていたが、世界の危機には程遠いレベルと舐めていたが、あるいはそうでもなかったのかもしれない。

「なんとかの魔王の部下の生き残りって言ってたよね。なんだっけ? ゴーヤの魔王?」

 言いつつ、自らの言葉に顔をしかめて首を傾げる。そんななんくるないさーな魔王だったかな。少なくともこの空気の中で出て来ていい奴じゃないのは解るのだけれども。

「ハナ、まだ腹減ってんのか?」
「小腹は少し」
「嘘だろハニー」

 ははは、嘘などつくものですか。熊の後頭部にそっと手を置き、遠くを見る。米良さんのご飯から早小一時間である。そりゃお腹も減るともさ。

「ま、待ってくれ! 待ってくれ二人とも! まさか……ご、強欲の魔王のことを言っているのかい?」

 厨房でつまみ食いついでにこっそり拝借していた青リンゴを懐から取り出し、しゃりとかじる。なんてことをしていると、魔術師がわなわなと震えながら声を上げた。その剣幕にちょっとだけどきりとするが、リンゴじゃなくてゴーヤの話だったらしい。てゆーかゴーヤでもなかったらしい。あたしはごくりとリンゴを飲み下し、ふむと唸る。

「強欲? ああ、そうそう!」
「おー、それだそれ!」

 ぽぽんと続けて手を打つ。言われてみれば確かにそう言っていたな。ふふ、思った通りゴーヤではなかったようだな。なんだゴーヤの魔王って。それにしてもこのリンゴ美味しいな。

「バ、バルバモンの配下が関わっているのかい!?」
 
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