-花と緑の-

□第六話 『花と縫包の乱 後編』
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シーンV:道化の導き(1/5)

 
「っ〜〜……っどぅあはあぁぁっ!!」

 なんて声とともに薄明かりが目を衝いた。土煙とともに大きく息を吐き出して、常夜灯にも似たほのかな明かりの灯る広々とした空間へ飛び出す。頭からダイブした熊はそのまま地面を顔面で滑っていく。後に続く魔術師はその後ろをあたしもろとも錐揉み状態でごろごろと転がる。一瞬マントを広げ、宙でどうにか堪えようと試みたお陰か、熊よりは随分と勢いも弱かったけれど。それでもド派手に転倒したことには変わりない。

「うぎゅぬぅ〜……!」

 でんぐり返しの途中みたいな格好でおかしな唸りを上げていると、先程あたしたちが通ってきた通路から二度三度、土煙が噴き出した。一拍を置いて、けたたましい音を上げながら通路そのものが跡形もなく崩れ落ちる。と同時、反対側ではぼちゃんと、何か大きなものが水に落ちるような音がした。
 何がどうしてどうなった。さっぱり分からないままに、ふらふらと身を起こす。辺りを見渡せば、野球場くらいはありそうなドーム状の地下空洞だった。天国にしては殺風景である。

「ハ、ハナ君……! すまない、大丈夫かい?」
「だいじょ……え? 何が?」

 地下空間が揺れていた。と思ったが揺れているのは多分あたしの脳みそだろう。ぐわんぐわんと右に左に視界がぶれる。頭を抱えてどうにかこうにか立ち上がる。たたらを踏んで、こめかみ辺りを押さえながらもう一度ゆっくりと周囲を見渡す。どうやらどうにも、辞世の句はまだ必要なかったらしい。
 微かに灯る青い明かりは壁そのものが光っているように見えた。発光するコケか鉱物だろうか。ドーム状の地下洞はよくよく目を凝らせば半分が湖になっている。水面が淡く煌めいていた。そして湖の手前では地面に散らばる沢山のお魚たちが煌めいていた。なぜ地面にというなら熊が落としたのだろう。本人の姿は見えないが、先程聞こえたぼちゃんという音で大体の状況は察しがつく。ので、流すことにした。まあ大丈夫だろう。信じた。

「怪我はなかったかい?」
「うん、大丈夫みたい。そっちは?」
「問題ない。平気だよ」

 あたし同様に熊の安否はスルーした魔術師と、互いの無事を確かめ合って頷き合う。そんなあたしたちの横で湖からぬっと黄色い物体が現れる。熊なのは分かっていたので特にリアクションはしなかった。水を吸ったか上陸は中々に難航しているようだが、まあいいや。がんばれ。

「ねえ、さっきの声って……」

 そんなことより、と、姿の見えないもう一人を探して辺りを窺う。あたしたちをここへ導いた張本人、聞き覚えのない謎の声の主。てゆーか声が聞こえたの外だったけど、あたしたちよりそっちのが大丈夫だろうか。

「ミーのことかい?」

 あたしと同じように魔術師が周囲を窺い、熊がようやく湖から這い上がったそんな時。離れた岩陰からひょこりと顔を出し、それは首を傾げてみせた。いや、顔から手足が生えたようなそのデザインで首といっていいかは分からないけれど。
 やあ、とばかりに片手を挙げて笑うそれ。身の丈はヌメヌメと同じくらい。身体は硬質、色は白と黄色。形はどうだというなら、まあ、うんこであった。

「こんにちは、ミーはダメモン。見ての通りのちっとも怪しくないただの通りすがりのプリティなデジモンだヨ! 危ないところだったネ!」

 爽やかな笑顔でサムズをアップして、メタルなうんこはそう自己紹介をしてみせた。あたしは少しだけ思案してから、笑顔でうんと頷いた。

「あたしはハナよ。あなたが助けてくれたのね、どうもありがとう!」

 笑い返して、サムズもアップし返す。びしいっと真っ直ぐに親指をおっ立てるそんなあたしに、しかし熊と魔術師は当然のように驚いてみせた。

「ちょおぉ! ちょっと待てハナ! 信じるのか!? 今ので!?」
「落ち着くんだハナ君! 口に出すのもはばかられるが、敢えて言わせてもらうなら“とても怪しい”と思うのだが!?」

 なんて口々に喚き立てる。敢えて言いなさんなそんなこと。あたしも言いたくなかったから言わずにおいたのに。熊は濡れた身体から水を絞りながらなおもまくし立てる。

「大体おかしいだろ! さっきどっから声掛けた? そもそもこんなとこにこんな弱そうなのが通りすがるわけないだろ! てゆーかダメモンって何!?」

 片手でもう片方の腕を雑巾のようにねじって捻って、水分を絞り出しながら声を荒げる。まず自分に突っ込めと言わんばかりだが、自覚は多分ないのだろう。なので、とりあえず一個だけ駄目出ししておくことにした。
 
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