-花と緑の-

□第五話 『花と縫包の乱 前編』
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シーンU:星屑の勇者(1/4)

 
 空が青かった。澄み渡る晴天を大の字に寝転がって見上げる。汗だくの泥まみれになりながらぜひゅーぜひゅーと荒い息を吐く。身体の内外を激しく行き交う空気に起伏の少ない胸が上下する。今何て言ったぁ!? これからだもん!
 心の中で叫んで、頭を抱える。あたしは何を言っているんだ。酸欠で脳みそがポンコツになっているらしい。落ち着け落ち着け。酸素酸素あいにーど酸素。大きく息を吸って、よし! 落ち着いた!
 さて、と上半身を起こして、爽やかに笑う。

「じゃあ、帰ろっかヌヌ! 今日のご飯は何かな?」
「いやいやいや、待ってくれ。落ち着いてくれ。まだ何も成し遂げてないから!」
「え? まだやるの? 熊振り回すのもう疲れたんだけど」
「振り回さなくていいから! 振り回すものじゃないから!」

 なんて必死な顔でぎゃーぎゃー喚く。半分くらいはほんのジョークだってのに、ユーモアのないヌメヌメである。そんなんじゃ女の子にモテないぞ。ユーモアの問題じゃない気はするけど。溜息を吐いてやれやれと肩をすくめる。

「じゃあ何に使うのよ、こんなもん」
「いや、だから言ってんじゃん! 身にまとうんだって! ほら、明らかに着る奴だろ!?」

 着る奴だけれども。着る状況では絶対にないからね。ぽりぽりと頬をかく。転がる小汚い熊を見て、また溜息を漏らす。

「ええと……誰が?」

 一応聞いてみる。小さな勇者が着るとか言ってたか。勇者と言えばこの辺の村でアンケートを取れば圧倒的支持率であたしであるわけだが。一応、一応である。ヌヌは一瞬ぽかんとしてから眉間らしき辺りの粘膜にしわを作り、

「いや、だから勇者が……てゆーかハナが」

 と返して不思議そうな顔をする。ああ、はいはい。成る程ね。あたしね。そうね、勇者だものね。

「ヌヌ」
「うん?」
「のーせんきゅー! 帰るよ」

 親指をぐっと立てていい顔をする。さあ帰ろう、今すぐに。荷が重い。いろんな意味で。あたしよくやったと思うの。間抜け面を浮かべるヌヌをほったらかしてすたすたと歩き出す。ヌヌが声を上げたのは三拍ほど遅れてのことだった。

「ちょ、ちょっと待って! 待って! 一回待って!?」
「待たない。着ない。帰る」

 最低限の言葉でお断る。間違ったことは一つも言っていない。まあ、最後の奴に関してはそれが勇者のやることかと言われたら返す言葉もないのだけれど。

「わ、分かった分かった、ちょっと待って! じゃあオイラ! オイラが着るから!」
「はい?」
「要らないならいいだろ? オイラが貰っても」
「そりゃいいけど……え? そんなに欲しいの、それ?」
「いやいや、だって“黄色き星の剣”だぜ? やっと見付けたんじゃないか!」

 まだ信じてるのかそれ。もはや狂信的できもい。おかしな宗教にハマってたっかい壷とか買っちゃうタイプだな。あんのか知らないけど。ともあれ、何にせよあたしにはただの燃えるゴミでしかない。粗大かな。まあいいや。

「はあ、好きにしたら」
「ホントか! ありがとう、ハナ!」
「どういたしまして」

 手をひらひらさせてさっさと入り給えと目で語る。目算できるおおよその体積からして入ったところで動くこともままならなそうな気もするが、そうなったら中身ごと置いて帰るまでのことだ。せめて帰る前に「小さな勇者ヌヌ、ここに眠る」とだけ彫っておいてやろう。
 なんてあたしの内心にはまるで気付きもしない顔で、ヌヌは目をきらきらと輝かせ、張り切っていますと言わんばかりに肩をぐるぐると回す。みたいな仕種をする。横たわる物言わぬ熊の傍らに立ち、その口をぐにーんと開いて軟体を押し込んでいく。ゲロの逆再生みたいでとても不愉快だった。チャックって知ってるかな。ぬりゅぬりゅと緑の汚濁が次第に熊の口の中へとぬめり込む。にゅぽん、という意図的な嫌がらせを疑うような音を立て、ヌヌの姿が完全に熊の中へと消えた。
 
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