-花と緑の-

□第五話 『花と縫包の乱 前編』
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シーンT:星との遭遇(1/4)

 
 人はなぜ山に登るのだろう。ある人は言った。そこに山があるからだと。山は眺めるものだろうか、登るものだろうか。答えは人それぞれであろう。

 ここに登山者がいる。求めるものがあって山へと登るのだ。ただ、それが何かは分からない。本当にあるのかさえも分からない。類推の山は答えをくれない。自らの足で登り、自らの目で確かめねばならないのだ。

「これが、首刈りの峰か」

 平原をてくてくぬるぬると歩き始めてからおよそ一日。野を越え野を越え野を越えて、何もない原っぱで夜を明かした翌日の昼前。ようやく辿り着いた山の麓から平らな山頂を見上げる。何もない、ただただ何もない山だった。登山道すらなかった。何より食べ物がなかった。

「ねえ、ヌヌ」
「我慢してくれ」
「まだ何も言ってないけど」
「もう何回も聞いたけど。見ての通り他に食べ物なんてないんだって」

 そんなことは知っている。知っているが納得などできるはずもない。最後のご飯は昨日のお昼のお弁当だ。つまりまともな食事をもう丸一日もしていないことになる。平原にアホほど生えてたデジタケとかいうキノコでここまでどうにか食いつないで来たものの、いい加減に成長期のお腹は未調理のキノコ以外のものをご所望である。てゆーかそろそろ頭から傘くらい生えそうだ。

「ヌぅ〜ヌぅ〜」
「駄々こねたって無い物は無いんだよ。霞でも食んでみるか?」

 仙人か。ふざけやがってと毒吐いて、ぷくっと頬っぺを膨らませる。そんなものでこの胃が満たされてたまるものか。やるだけはやってみるけれども。

「つーかそろそろ預言にも興味もってくれよ。昨日から飯の話しかしてないぞ」
「だってキノコ飽きたんだもん」

 深ぁく息を吸っては吐いて、山の空気を調味料にキノコをかじる。うむ。意外に悪くはなかったが、しかしやはりこれで満足してしまうわけにはいかない。キノコはキノコである。肩を落として道なき道を行きながら、少しくらいは気が紛れないかとデジヴァイスをコチコチといじる。液晶に浮かんだ文字は相変わらずちっとも読めやしない。というか、ヌヌにすら読めない文字らしい。そして連絡は、いまだ取れない。
 暇潰しに何度もいじっている内、薄ぼんやりと思い出したのは「交信魔術の受信機」という魔術師の言葉。「受信機」とわざわざ言ったからには、素直に考えるならそもそも「送信はできない」ものなのだろう。頼りたくても頼る手段がないわけである。また向こうから連絡してくれるのを待つしかあるまい。また行き倒れてなきゃいいけど。

「しっかし、ほんと何もねえ山だな」
「黄色い星すらなかったらあたし暴れるけど」
「暴れる元気はあるんだな」
「死力を尽くすわ」
「そこまでして!?」

 そこまでするとも。何を驚くのかこのヌメヌメは。せめて一矢報いねば死んでも死に切れないではないか。誰に何を報いたことになるかはさておくとしても。

「え、キノコ? キノコがそんなに不満なの? あんなにお腹いっぱい食べたのに?」
「ヌヌ、満腹と満足は違うのよ」

 惚けたことを抜かしやがる。お腹と心が満たされてこその「ご馳走様」である。

「そ、そうか。いや、確かにそうかもしれないな。ところでそういうことなら、オイラ今そこにヘビーいちごを見付けたんだけど」
「ヘビ……なんて?」
「ヘビーいちごだ。ほら、そこ」

 少しの間を置いて、弾かれるように振り向く。ヘビー……いちごぉぉぉ!?
 数メートルの距離を一足に跳び、山道に自生するでっかい真っ赤ないちごに、いや、いちご様に傅くようにヘッドスライディングする。

「い、いちご!? いちごだよヌヌぅ!!」
「お、おう。そんなにか」

 そんなにだよ!?

「た、食べられるんだよね勿論!?」
「ああ、大丈夫だ。食べるとすっげー体重増えるけどな!」
「たい……え?」

 なん……だと!?
 体重が増えると、そう言ったのか。それもすっげー増えるだと? あたしとて乙女の端くれだ。気になるお年頃だ。でもまあいいか。
 ぱくっとお口に放り込む。

「おいひぃ〜!」
「割と躊躇なかったな」

 どうせ山登りでカロリー消費するからいいの。と、口いっぱいに広がる甘味と酸味に酔いしれながら、まだまだ続く山道を眺める。

「まだあるかな」
「そりゃ一個だけってこたないだろ」
「そっか。ヌヌ、あたし頑張れそう」
「なによりだ」

 俄然やる気が溢れてきた。二、三往復はいけそうだ。スキップしちゃおうかしら。
 軽やかな足取りで山道を進む。その割にスピード自体は緩やかだった。必要以上に辺りをキョロキョロしていたからである。苦行でしかなかった山登りが宝探しに思えてきた。あたし大好き、“いちご狩りの峰”!
 
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