-花と緑の-

□第五話 『花と縫包の乱 前編』
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シーンX:旅立の前に(1/3)

 
「お待たせいたしました、救世主様」
「わーい。ありがとー!」

 場所を移して盗賊団のアジト。の中。並べられた沢山のテーブルや隣接するキッチンからして食堂のような場所だろう。気絶したす巻きの盗賊たちは一先ず置いて、魔術師の大事な話とか来たる最終決戦とかも一先ず置いて、あたしはテーブルの前に置かれた長椅子のような丸太に腰掛け、とりあえず全力の万歳をする。テーブルには湯気の立つお料理の数々が所狭しと並ぶ。盗賊団に捕まっていた村の料理人が、食糧庫から拝借した食材で作ってくれたものである。てゆーか作ってとお願いしてみたものである。腹が減ってはなんとやらである。

「あ〜ん、美味しそ〜ぅ!」

 顔の横でお祈りのように両手を合わせ、恋する乙女のような顔で歓喜にくねくねする。きゃあ、とか言ってみる。向かいに座る熊と魔術師は文句の一つも言わず、とても穏やかな顔をしていた。あたしはこの異世界で良き理解者に巡り会えたようだ。

 ぱあんと両手を打ち鳴らし、いただきまーすと声を張る。燃えるような料理人の顔も若干引きつっていた。ようなっていうかまんま火だるまみたいな人だったが、確かメラ……米良さんとおっしゃっていたか。その繊細な盛り付けと鼻孔をくすぐる深い香りは、一口目を食すまでもなく彼の技量の高さを窺わせる。
 期待に胸を踊らせながらスプーンを手に取り、そっと掬い上げた真っ赤なスープをおもむろに口へと運ぶ。見た目を裏切らない激しい辛さが脳髄まで突き抜ける。舌を焼き、喉を焦がすような錯覚。だが旨ぁい! 星三つ!
 あまりの感動に溢れそうな涙を堪え、次々にそのご馳走の数々をいただく。ほぼ丸一日ぶりのお食事には胃が歓喜に打ち震える。

「相変わらずいい食いっぷりだな。腹ん中ダークエリアかどっかに通じてんじゃないか?」
「わーうぇーわ? あうおー?」
「いや、すまん。何でもない。気にせず続けてくれ」
「うぉー」

 もごもごしながら隙間から漏れる空気で返事をする。いまいち何の話かよく分からなかったが、お料理が美味し過ぎてどうでもよかった。みんな! みんな! 世界のみんな!! 超美味しいよ!? 電波ジャックしてでもこの気持ちを伝えたいぐらいである。あたし今、幸せです!

「こんな顔で食ってもらえたら本望だろ、メラモン?」
「は、はい。料理人冥利に尽きます」
「ここでも作らされてたのか?」
「いえ、ここでは単に労働力として……力仕事ばかりでした」
「へえ、そりゃもったいねえな」

 そう言いながらひょいひょいとお料理をつまむ熊に、まったくだと深く深く頷いて、あたしは真っ赤な麻婆を一口。んまい!

「そういや結局何やらされてたんだ? ここって鉱山か何かか?」
「ええ、そのようです。希少な鉱物も幾つか見付かりました。しかし……」

 首を傾げ、ムッシュ米良は難しい顔をする。どうでもいいが火だるまな頭の上でずっと原形を留めているあのコック帽は何でできているのだろう。

「しかし、何だ?」
「いえ、それがどうにも、鉱石にはさして興味もないようでした。一体何を探していたのやら、我々にもさっぱりでして」

 なんて、肩をすくめて両手を広げる米良さんに、思い出すのは先程の魔術師の言葉。奴らの本当の目的。聞かれたくない話。そう言っていたか。熊もまた魔術師を見るが、当人は腕を組んで何かを考え込んだまま、口を開こうともしなかった。善良な村人にすら話せないほどの秘密が、あの盗賊団には隠されていたわけだ。事態は深刻、とも言っていたか。
 あたしはうんと頷いて、ナプキンでそっとお口を拭く。両手を合わせてぺこりと頭を下げる。

「ご馳走様、米良さん。死ぬほど、いえ、死んで生き返るほど美味しかったわ、ありがとう」
「え? あ、ええ、お粗末様でした。……米良さん?」

 不思議そうな顔をする米良さんにぐっじょぶですと親指を立てる。
 
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