-花と緑の-

□第五話 『花と縫包の乱 前編』
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シーンV:終幕の物語(1/2)

 
 勇者を待つ魔王とは、どんな気分だろうか。
 仲間を増やし、伝説の武器を揃え、魔王の配下を弱い順に倒してじわじわとレベルアップを繰り返す。そんな勇者を、玉座でただ待つ魔王とはどんな気分だろうか。もう互角以上に戦えるのにまだ来ない、まだまだ力を蓄えようとする勇者を、魔王はどんな顔で待つのだろう。
 弱者が努力と友情で勝利してこその正義なのだと、あたしは思うのだ。

 最初に気付いたのは、高台の見張り役だった。遠く立つ土煙に目を細め、何かはわからないが異常であることだけは理解して、声を荒げて仲間を呼ぶ。だが、そんな必要は既になかった。
 岩肌の大地を叩く重厚な足音。地を揺らし、粉塵を巻き上げるそれを皆が視認するのに、そう時間は必要としなかった。
 ゴブリモンたちがこん棒を手に、迫り来る何かを迎え撃とうと臨戦態勢に入る。牙を打ち、眼光を鋭く磨いで、雄叫びを上げる。そうして――ゴミ屑のように散る。

「ああああぁぁぁーーっひゃっひゃっひゃっ!!」

 鬼すら戦く形相で奇声を上げ、行く手に立ち塞がるすべてを蹴散らしながら爆走するのはそう、熊である。顔が恐ろしいのは頭につかまるあたしが目の窪みと口を取っ手代わりにしているためだが、後は大体自前である。

「ヌヌ! いた! もうちょい左!」

 熊の左目に引っ掛けた左手をぐいと引っ張り無理矢理首を回す。熊自身は見るからに暴走しているがそれは半分。手綱はしっかりと握れている。ここまでの道程でこのロデオの操舵はおおよそマスターした。ぐにんと歪んで左を向く顔に釣られ、熊の進路がやや左に修正される。

「て、てめえは……!?」

 熊の頭の後ろから顔を覗かせるあたしに、熊の行く手に立つ青の鬼人が声を上げる。氷柱のようなものを片手に構え、牙を剥く。オーガ三兄弟の三男坊・ヒョーガモンである。三男なのは最初に見付けたからである。そんなことはどうでもいいとして、ともあれ、遂に再びの邂逅を果たしたのだ。今こそ雪辱の時は来たりというわけだ。互いの眼が強く戦意の火を点す。瞬き程の間に交わす眼光が火花を散らし、そうして、

「あん!」

 熊の右拳が三男の顔面を真芯で打ち据える。悲鳴すら上げる間もなく吹っ飛ぶ三男に、しかし熊は目もくれずになおひた走る。熊のその目が次に捉えたのは赤の次男坊だった。

「どぅ!」

 熊のえぐるような左拳が次男の腹へと減り込む。何か言いながら何かしようとしていた気もしたが、一瞬だったのでよくわからない。

「とろわぁっ!!」

 そして最後に控えるのは勿論緑の長男・オーガモンである。多分。あたしがそれを認識できたのはバレリーナのように跳んだ熊の右脚が、オーガらしき何かを高く高く蹴り上げたその後のこと。今更だが毒はもう大丈夫だったろうか。今となっては瑣事であるが。すたんと降り立ち、勝鬨であろう咆哮を上げる熊の頭の上で、あたしは数十匹のゴブリンもろともに宙を舞うオーガ三兄弟をただ呆然と見る。状況を一言で語るなら、十把一絡げである。
 やったー、って喜んでみて大丈夫かな。勇者として。一応差し控えておくことにした。

「ふぅうぅーーひゃっふぉーおおう! あひゃーい!!」

 そんなあたしの気持ちなんぞ知る由もないであろう熊は、どんこどんこと胸を叩きながら絶叫する。布と綿とヌメヌメでなぜそんな音がするかは謎である。てゆーか熊ってドラミングとかしたっけ。
 
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