-花と緑の-

□第四話 『花と伝説の……』
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シーンY:預言の山へ(1/3)

 
 目が覚めた時、あたしは緑の地面に横たわっていた。草原と呼ぶにはあまりに鮮やかなライトグリーンの大地。現実味のない場所だった。
 そうか。ここがあの世とやらか。思った以上に呆気ないものだ。そして、儚いものだ。
 空を見上げる。高い木々に阻まれた狭い空だった。地面以外は普通の森の中にも見えた。天国にしては色気も味気もない風景である。パチモンばっか作ってる神様のお膝元ならこんなものかもしれないが。

「……なあ」

 ふかふかのお布団と美味しいご飯はあるのかな。なんてぼんやり考えていると、耳元で聞き覚えのある声がした。清廉潔白にして品行方正なハナさんが逝くのは天国でも最高級スウィートであろうからして、幻聴であることは間違いないのだけれど。しかし幻聴にしてはとてもクリアな音質だった。あたしはふと、気まぐれを起こして幻聴に答えてみることにした。

「なあに?」
「いや、気がついたんならそろそろ退いてくれないものだろうかと思って」
「退く?」

 寝転がったまま首を傾けて、幻聴の音源と思しき緑の地面に目を向ける。舌が見えた。歯も見えた。なんだろう、このけったいな地面は。

「あれ? やっぱり怪我したのか? 立てそうにないか?」

 謎の口がうねうね動いてあたしによく分からないことを問う。まあ、っていうそろそろ頭も冴えて状況を把握でき始めてきてはいたのだが。あたしの真下にだけ広がるぬるっとした謎の緑の地面をじっと見詰め、なおも聞こえる謎の声を頭の中で咀嚼する。そうして、あたしは叫ぶのである。

「っ! ほぎゃあああぁぁぁ!?」

 両腕を頭の上にぴんと伸ばした恰好で陸に打ち上げられた鮮魚のように跳ねて緑の地面から離脱する。てゆーかヌヌの上から飛び退く。

「うぉほっ!? なな、何だ!? どうした!?」

 うにょーんと元の形に戻りながらわたわたするヌヌに、あたしはぴっちぴっちと必要以上に距離を取ってから立ち上がり、今度は全速力で後退る。肩で息をしながら、状況を把握して身悶えする。そりゃさっきは地獄絵図の巻き添えも覚悟しましたけれども。一回止めてからの不意打ちは酷いんじゃないかしら!?
 という言葉を飲み込んで、あたしは胸を押さえて呼吸を整える。

「だ、大丈夫かハナ? 元気そうだけど、痛いとこあるか?」

 なんて心底心配してくれている風な相手に、言っていいことと悪いことの区別くらいはさすがのあたしにもつくのである。

「ふ、ふへへ、平気よ」
「そうか……それほんとに大丈夫な奴?」

 どうにか笑ってみせる。大丈夫じゃなさそうな笑い方なのは自覚できていたが、今はこれが限界である。
 ふう、と大きく息を吐き、周囲を見渡す。
 辺りには鬱蒼と繁る木々。振り返れば高く高く聳える岩壁が見えた。あの世じゃなかった。ぴんぴんしてた。どうやらどうにか、あたしたちはオーガたちから逃げおおせたらしい。あの断崖絶壁から奇跡的に生き延びて。というか、状況から察するに、

「ええと、ヌヌが庇ってくれたの?」

 でもなければ今頃あたしはZ指定なモザイク必須のハナさんになっていたことであろう。若干の後ろめたさを覚えながら恐る恐る聞いてみると、ヌヌはへへっと照れ臭そうに笑う。今だけはほんのちょっぴり恰好よく見えた。

「止せよ、当然のことをしたまでさ」
「ヌヌ……!」
「まあ、ほんとは偶然下敷きになったんだけどな!」

 おい。
 おおーい! 今あたし普通に心を打たれていたのに! 見直したのに!
 感動を返せと言いたかったが、しかし助かったのは事実だったのでイマイチ言い辛くてもごもごする。その情報はいっそいらなかったんじゃないかなあ!?

「まあ、ともかく助かってよかったな。さすがにあいつらも死んだと思ったろ」
「ああ……そうね」

 岩壁を見上げて、アホの子みたいに口を開ける。改めて見ると結構な高さだな。確かにこれなら追っ手の心配もあまりなさそうだ。とは言え、いつまでもこんなとこでボケっとしているわけにもいくまい。グライダー飛行旅団というぐらいだし、空を飛んで追ってくる可能性も無きにしも非ずだ。羽も無いのにどうやって飛ぶかは知らないが。

「はあ、とりあえず一回戻るか。ねえ、道分かる?」
「おう、そうだな。木に登って辺り見てみるよ。しかしハナ、オイラが下敷きになったことを差し引いてもなんかやたら無事だな」
「え?」

 周囲を見渡しながら頭をぽりぽり掻いて、ふうと息を吐く。ヌヌの言葉に俯きかけた顔を上げ、眉をひそめる。あたしも薄々なんか変だなとは思っていたけれど、改めて指摘されると……やはり変だろうか。あまりは深く考えたくないというか、そこはいっそなあなあでいいんじゃないかなあ。とハナちゃんは思うのでした。まる。
 自己完結してうんと頷く。はい終わり。この話終わり。あたしの表情から心情を察したか、ヌヌもまた妙な顔で頷き返してくる。
 
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