-花と緑の-

□第四話 『花と伝説の……』
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シーンX:戦いの果て(1/4)

 
 キョロキョロと辺りを見回しながら崖の上を歩き続ける。十数分はそうしていただろうか。やがてあたしたちは“それ”を前に足を止める。探し求めたものが今、あたしたちの目の前にはあった。

「ハナ……これだ!」
「ええ、確かにこの形状、本当に間違いないかもって気がしてきた。ねえヌヌ、あれほら、預言! どんなだっけ?」
「ああ! 確か、黄色い星の剣が……剣に? 戦乙女が……何かして、敵をやっつける? みたいな、なんかそんなだったな! よく覚えてないけど!」
「うん! 確かにそんなだった! よく覚えてないけど!」

 預言が語った星の剣。残念ながら若干記憶は曖昧だが、まあ要点は合っているだろう。あんなの覚えられるわけないしね。とにもかくにも、今こそ遂に救世の預言は成就せりと、思わず少しテンションが上がる。
 拳でこつんと叩いて、その硬い感触を確かめる。盗賊たちのちょうど真上辺り。崖っぷちに鎮座するそれは、丸く、大きな、とてもとても立派な岩であった。

「まさか星の剣が、落石だったなんてね!」
「ああ、オイラもびっくりだぜ!」
「お手柄よ、褒めてあげる!」

 何とも落とし易そうな球状のそのフォルム。落ちれば盗賊共の脳天に直撃するであろう絶妙なそのポジショニング。ヌヌから聞いた直後は半信半疑で何言ってんのアホなのこいつと思ったものだが、こうして目の当たりにするとまさにこれこそが星の剣であると、確信にも似た思いが沸いて来る。これを流れ星の如く落として愚かな悪党共に正義の鉄槌をくれてやれという、そんな預言だったわけだ! 他にも何か言っていたような気もするが、まあたいした問題ではないだろう!

「よしハナ、やってやろうぜ! 世界を救う時が来たんだ!」
「よおし、行くよヌヌ! 踏ん張んなさい!」

 岩と地面の隙間にこん棒を突っ込み、梃子のように片足でこん棒の先を力いっぱい踏む。そのまま上半身は高さ三メートルはあろう大岩に抱き着いて、崖下に向かって持てる筋肉の限りを込めて押しに押す。あ、一個思い出した。“戦乙女の抱擁”だ。そうか……タックルか!
 やはりこれが正解なのだと確信を持って、歯をかみ砕かんばかりに食いしばる。隣ではヌヌが一生懸命に軟体を伸ばして岩を押していたが、あまり足しにはならなそうなので自分で頑張ることにした。

「ぐぅうんぬんぬんぬぅ〜……ふー!」

 という乙女にあるまじき野太い声と鼻息が出たが、そんなことを言っている場合ではない。ではないので、もっと力を込める。多分般若みたいな顔してると思うけど、幸いにもほとんど岩に顔を埋めている恰好なので乙女の尊厳は無事である。梃子のこん棒を踏み込む左足と、地面を踏み締める右足の筋肉が唸りを上げる。気のせいか身体から蒸気のようなものが湧いて見えた。ごりごりと、岩と地面の摩擦音が聞こえた。よし、いける!
 確かに大岩の動いたその感覚。全身に伝わるその振動。やり始めて五秒くらいの時点ではあれこれ無理じゃねとか思ったが、為せば為るものである。重い音を静かに上げて、僅かずつ前へと進む大岩。これが最後の一押しと、雄叫びを上げて全身の細胞を燃え上がらせる。

「ぬぅんどおぉりゃああぁぁぁ!!」

 足が地面に手が岩に、深々と突き刺さる錯覚。重い感触は、けれど一瞬。一際大きく岩が動いて、かと思えば込めた力が空を切る。思わずつんのめる。崖下に沈みゆく大岩が酷くゆっくりに見えた。弾かれたこん棒がくるくると宙を舞う。そうしてふと、あたしは気付くのである。なぜと聞かれても理由は分からない。ただ、何となく今この瞬間に頭を過ぎったのである。
 とん、と一歩を踏み出して、振り返る。ヌヌの緑の顔を見て、青い顔をする。崖下に見えた知らない奴ら。よくよく考えたらそういえば――

「人質……忘れてた」
「あ」

 てへぺろでは済まないクリティカルなミスであった。途端に体感時間が元に戻る。どのみち無駄であろうが手を伸ばす暇もなく岩はあたしたちの視界から消える。

「ふぎゃあああぁぁぁお!?」
「何やってんだハナあぁぁ!?」
「あたしだけのせいだっけぇ!?」

 ごめーん! 罪もなき人々よぉぉ! ってごめんで済むか馬鹿あぁぁぁ!!
 慌てて崖っぷちから身を乗り出す。ごおんごおんと岩肌を叩く轟音と、その隙間を縫うような悲鳴。取り返しのつかない惨状を想像しながら崖下を見る。
 ちょうど、その時だった。ふと、何かが視界を下から上へと過ぎったのは。
 ひゅ、という風を切る鋭い音。と同時にどういうわけか影が差して、かと思えばそれも束の間。そして直後に、背後で起こる地鳴り。地面が揺れて、心地の悪い浮遊感に襲われる。ゆっくりと振り返れば、見覚えのある大きな岩がそこにはあった。
 
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