-花と緑の-

□第三話 『花とモヒカン狂想曲』
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シーンV:悪夢の残滓(1/3)

 
「なんか言った?」
「いや、オイラじゃないけど」

 もう一度顔を見合わせて、そろりと草むらへ近付く。と、ほとんど同時に草むらが揺れる。うおおお!? やっべえぇぇ!?

「うわあ! ごご、ごめん! 誰かいた!? そんなつもり……は……」

 草むらから顔を出したそれと、なんだか見覚えのあるモヒカン頭と、互いに見つめ合ったまま固まる。モヒカンの横に膨らんだわかりやすいたんこぶからして、あたしが石ころをぶつけてしまった相手には間違いないだろう。だろうけれども。

「ええと……」

 怒りと驚きの混じる顔で、モヒカンはぷるぷると震える。どうやら向こうもあたしをご存知であらせられるご様子。ごめんでは、絶対にすまされない気がすごくした。

「「ああぁぁぁーーー!?」」

 声を上げたのはまったくの同時だった。あたしとヌヌがおろおろし、モヒカンが大きく口を開く。すうと息を吸い、弾けるように喉を震わせる。

「ベタあぁぁ! 奴らが来たベタあぁぁ! 敵襲ううぅぅぅ!!」

 ベタ、ベタ? え? え? あれあれ? 敵襲? ええ!?
 こだまとなって響く声から少し、山道が震える。地鳴り、否、それは足音だった。瞬く間に迫る無数の足音、無数の影。

 あたしの記憶が正しければこのモヒカンは確か、あたしがぶっ飛ばしたニセモグラんとこの見張りだったと思うのだけど。だけども、だけれども。
 あっという間にあたしたちを取り囲むのはモヒカンとモヒカンとモヒカンとモヒカンと……こんなにぶっ飛ばした覚えはなくってよ!?
 数はざっと三十に届こうかというくらいか。回りは囲まれ逃げ場は既にない。てゆーかこんなにいたのか。ばるさんは正解だったな。現状を踏まえるならある意味で大間違いだったかもしれないが。激情に満ちた眼差しがあたしたちを睨み据える。

「あ……その、えっと……どちらさまでしたかしら?」

 可愛く首を傾げて全力で惚ける。モヒカンたちのこめかみと思しき辺りがひくつく。

「ハナぁ!? 逆効果、逆効果!」

 ひっそひっそと声を潜めてヌヌが言うも、遅過ぎた。モヒカンたちの緑の顔が次第に赤くなる。一匹がずいと前へ出て、怒声を上げた。

「惚けるなベタ! 火を点けたのもボスをあんな悲惨な目に合わせたのもお前らベタ!」
「そうベタ! ボスの掘った穴から命からがら逃げ延びて、朦朧とする意識の中ではっきりお前たちの顔を見たベタ!」
「どえらい目に合ったベタ!」

 続けとばかりに一匹、また一匹と声を荒げる。ニセモグラは全然平気そうだったけど、そうか、ザコにはしっかり効いていたか。しかし朦朧としていたのにはっきり見たとはどういう了見であろうか。人違いである可能性も無きにしも非ずではなかろうか。
 なんて、ふざけきった言い訳が通じるとは露ほども思ってはいないけれど。さあて、いやいや、ははは。

「えっとぉ、どうしよっか?」
「どうしようもなさそうな顔で聞かないでくれよ」

 怒りの爆弾にはとうに導火線すら見当たらない。もはや爆発のその間際である。
 命運を分かつのは最初の一手。これを誤ればあたしたちに明日はない。こくりと喉を鳴らし、右手のこん棒とヌヌを見る。手札はこの二枚。今朝まであったもう一枚が脳裏を過ぎるが、今ないものを考えてもしょうがない。このカードで何ができる? 一体何ができる!? 何もできねえよバカぁ!!
 千分の一秒で出た結論を表情から察したか、ヌヌが気持ち悪い顔で青ざめる。でろりと舌が垂れた。こんなもん見ながら最期を迎えろとか、神様ちょいとドSが過ぎやしませんか。
 なんて、そこまで考えた時、ふと頭に小さな閃きが過ぎる。ぐるんぐるんとこんがらがった頭に差した僅かな光明。あるいは――否、迷う時間など既にない。あたしはそっとこん棒を差し出す。
 
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