-花と緑の-

□第三話 『花とモヒカン狂想曲』
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シーンY:希望の勇者(1/3)

 
「ようし、そんじゃ行くとするか!」
「そうね……ああー、もう、がんばれあたし!」

 ぱちんと頬を叩いて気合を入れる。立体地図を見ながら歩き出す。地図の上で現在地を示すあたしとヌヌのアイコンが僅かに動き出す。まるでGPSだ。急ごしらえとか言っていたが、こんなものを即興で作るとかよくよく考えたらどんだけハイスペックなのだろうか。これなら迷いようもないな。一歩、二歩と歩いて、歩いて……そうしてふと足を止める。くるりと踵を返して、ヌヌを見る。

「で、どっち?」

 今し方歩き出した先に見えた岩壁と立体地図とを交互に見ながら、うんと頷く。そう言えばあたし地図見るの苦手だった。ヌヌが呆れた風な顔をしやがるが、こればかりは女性の右脳が男性より何かあれがほにゃららなのだとかどうとかでしょうがない奴なのである。
 しゃがんであいとデジヴァイスごと地図を突き出す。ヌヌは何とも言えない顔をしながらも地図を覗き込み、顔を上げて辺りを見渡すとびっと真横を指差す。あたしがさっき向かおうとした方向とは大分違った。

「こっちだな。しっかりしてくれよ救世主」
「てへぺろ」

 可愛く舌を出す。今度はスルーされた。おい。
 ぬりゅんぬりゅんと先を行くヌヌを追う。今言うことではないのだが嫌な足音である。足かなあれ。

「ねえ、村まではどのくらい掛かりそう?」
「そうだなー、二、三十分ってとこじゃないか?」
「まあまあ面倒な距離ね。むぐ」
「だな。いい時間だし先に飯にするか、ってぅおおおぉぉぉーーい!?」
「もむ?」

 振り返ったヌヌがなぜだか突然叫ぶ。あたしは泥団子をごくりと呑み込んで眉をひそめる。何だ何だいきなり。どうしたというのだ。

「何で食ってんの!?」
「何でって……お腹空いたから」
「自由か!?」

 何だそのツッコミ。まあ自由だけど。

「一人で食うなよ! 一緒にランチしようぜ!?」
「えー、今更言われても。後一個しかないけど?」
「ちょっと待って待っておかしい。何をどうしたらいつの間にそうなんの!?」

 はてと首を傾げて泥スープを一口。言われてみれば確かに減りが早過ぎるようにも思える。出掛けにこっそり摘んだりウンチから避難した時に泣きながら摘んだりウィっさんと話しながら摘んだりしたくらいだが……うん、別に早くはなかったな。道理でリュックが軽いと思ったぜ。
 あたしは最後の泥団子をぱかりと割って、半分を頬張りながらもう半分はヌヌへと差し出してやる。しょうがないなあもう。

「はい、泣く泣くあげる」
「お、おお……ハナ、遂にデレ期か?」
「そんなこと言うならやっぱりあげない」

 毒リンゴでも食ってろこの野郎。あーんとお口を開ける。

「ああー、待って嘘、嘘! 嘘だから! ごめん!」

 何やらわったわったと軟体をうねらせる。やれやれ、捻くれたお坊ちゃんだぜ。肩をすくめて溜息を吐いて、仕方がないので投げ寄越してやる。途端にヌヌの目がきらきらと輝いて、長い舌がぅんべろりんと宙で泥団子を捉える。この生き物は「今までで一番気持ち悪い」を日々更新し続けなければ死んでしまう持病でも患っているのだろうか。とりあえずご馳走様の際は農家と厨房に向かって土下座してみようか。
 軟体をもにゅんもにゅんと歪ませて咀嚼するヌメヌメに、あたしのかわいらしい笑顔も歪む。んごっきゅ、と満足げに泥団子を飲み込む。あの体のどこに喉やら胃袋があるのだろう。

「んみゃーい! ムラサキマダラ毒リンゴの次くらいにうまいな!」
「おい」

 おい! おおぉーい!?
 もう一回言うけど毒リンゴ食ってろよこの野郎!
 思わずこん棒を握る。握って、ふと近くの草むらから覗く紫の物体が目に留まる。あたしは振り上げかけたこん棒をすっと下ろし、聖母が如き微笑を浮かべてヌヌへ優しく声を掛ける。

「ねえ、ヌヌちゃん。ちょっとあそこ見てごらん?」
「ぅえ、ええ?」

 そんなあたしに戸惑いながらもヌヌはあたしが指差す先をそろりと見る。そうして、はっとなる。密林だろうが山道だろうが草むらだろうがお構いなしに実るそれ。てらてらと陽光を反射して不気味に輝く紫色の果実がそこにあった。
 
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