-花と緑の-
□第三話 『花とモヒカン狂想曲』
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シーンW:金色の流星(2/3)
「ぬぅうぅぅぅんっぬああぁぁぁ!!」
こつんこつんと踵に当たる岩肌の感触に、そう言えば逃げ場なんてなかったことを思い出す。だが、どうやら時は既に遅過ぎたらしい。ヌヌの軟体からどういうわけか蒸気のようなものが沸いて立つ。明らかに何かが始まっていた。
「さあ! 今こそ集え! 三千世界に散らばる我が眷属たちよぉぉ!!」
ちょっと待ってというあたしの声も掻き消して、天を衝かんばかりの咆哮が轟く。具体的にどんな規模でどんな攻撃をするかも分からないのであたしはただただ狼狽する。え? これいいの? ここにいて大丈夫なのあたし!?
「降り注げ綺羅星の如くぅ! 我らを蔑みし痴れ者どもに怒りの鉄槌を降せぇぇぇいぃぃ!!」
ふはははは、などと、既にボルテージが計器を振り切ったヌメヌメの耳にあたしの悲痛な声は届かない。ギア緩いな。目は血走って、開いた口からは舌がべろんべろんとうねってよだれが飛び散る。気合いの入れ方を異次元の方向に間違えてやしないだろうか。
てゆーか言ってることは何やら日頃の鬱憤を晴らそうとしているだけにも聞こえたけれど。その痴れ者どもとやらにあたしは含まれていないんだろうな。いないよね? ないよね!? 信じるからね!?
どういう生態かはさっぱりだけれども、光すら放ち始めた軟体にモヒカン共々わなないて、あたしは声にもならない叫びを上げる。何なの? ねえ何なの? 何が起きてるの今これ!?
「ん究ぅ〜〜極っ!!」
沸き立つ光が矢となって天を射る。渦巻く鉛色の雲を引き裂き、次第に集束する閃光は虚空へ融けて――少しの静寂。唖然とするあたしやモヒカンの前にやがて、空より小さな影が舞い降りる。
べちゃり、と地面に落ちて潰れたそれを間抜けな顔で見て、あたしはゆっくりと空を仰いだ。同時にびしりとヌヌが空を指し、たっぷりと間を置いて先程の言葉の続きを、この恐ろしい技の名を告げてみせた。
「ウンチ……地・獄・絵・図!!」
軟体が不気味にうごめく。何かポーズを決めたつもりだったのかもしれない。あたしは彼方より飛来する無数の影をしばし呆然と見詰める。あるいは聞き間違いかとも思ったが、ゆっくりたっぷりよく見てもやはりそれは、紛う方なきウンチであった。山の気候は変わりやすいってこういうことだっけ。違うか。違うな。あたしは一拍を置いて、声帯の限界を軽く越えたようなボリュームで悲鳴を上げる。
「ぃいぃぃやあぁぁぁぁーーーー!?」
「ぶぇきゃあぁぁぁぁぁーーーー!?」
「ふあぁーっはっはっはあぁぁぁ!!」
悲鳴と悲鳴と高笑いが雨あられと降るウンチの中で入り乱れる。それはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図であった――