-花と緑の-

□第三話 『花とモヒカン狂想曲』
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シーンW:金色の流星(1/3)

 
 山道を駆け、樹海を駆け、洞窟を駆ける。逃げて追われて迎え撃ってはまた逃げて、終わりの見えない鬼ごっこはどこまでも続く。シーンが切り替わったら何とかなってたとかそんな都合のいいことにはならないらしい。てゆーかしつこいなあもうっ!
 逃げる方も追う方ももはや限界など大分前に越えた。今や気合いだけで走り続けていた。精神は時として肉体を凌駕するのだ。

「ま、まひゅ……ベタぁ!」
「まへる、かぁ……!」

 全身の穴という穴から息を吸っては吐く、そんな錯覚。呼吸ってどうやってするんだっけとかいうレベルである。互いに呂律も回らなくなってきた。それでも走って走って走り続ける。
 視界が霞む。頭がくらくらする。数メートル先も霧中のようにぼやけたままに、背の高い木々が立ち並ぶ森を駆け抜ける。駆け抜けて、そうして――やがて視界が開ける。

「あ」

 呼吸もままならなかったはずなのに、出て来た声はいやに暢気で素っ頓狂で。少しだけ硬直する。勿論そんな暇などないのだけれど、あたしはそれを見上げて、とりあえず絶叫する。

「にゃあああぁぁぁぁっ!?」

 それはそれは高くそびえる断崖絶壁であった。慌てて振り返る。モヒカンたちがにやりと笑って、あたしは思わず後退る。踵が岩壁を蹴った。

「ベ……ベッタッタッタ! もう逃げ場はないベタ!」

 疲れと怒りと憎しみと哀しみの凄まじい形相で呵々と笑う。笑ってるんだと思う、多分。でもキャラ立てにしてもその笑い方はさすがに無理があると思うな。とか言ってる場合ではまったくないのだけれども。
 二十匹余りものモヒカンがあたしを取り囲むように左右に展開し、じりじりと距離を詰める。ちなみに最初より数が少ないのは逃げながらまあまあぶちのめしたからである。なんか十匹くらいはどうにかなった。
 でも、さすがにこの数を同時に相手取るのは無理があり過ぎる。奇策も不意打ちももうネタ切れだ。どうする? どうする!? うにゃああぁぁーおっ!?

「ふ……ふっふっふ。どうやら、オイラの出番が来たようだな」

 心の雄叫びとともに軽く口から魂がお出かけになられかけた時、気色悪い薄ら笑いを浮かべてそんなことをほざいたのはヌヌだった。あ、いたんだ。へばり付いてるのをすっかり忘れて十数発くらいぶん回したせいか、いつもより若干デコボコした軟体でぬるりとこん棒から滑り降り、あたしを庇うようにモヒカンたちの前に立ち塞がる。

「ヌ、ヌヌ?」
「ここはオイラに任せてくれ。遂に我が禁断の秘奥義を披露する時が来たようだ」

 そう言って眼光鋭くモヒカンたちを睨み据える。その目には炎が点ってすら見えた。禁断の、秘奥義ですって? ふ、ふふふ……そんな妄想に浸っている暇なんてなくってよ!?
 まだ気力と体力があれば確実にどついて突っ込んでいたところだが、残念ながらそんなものはとうに空だった。寝言は寝て言えと視線で訴える。

「ハナ、その目はまったく信じてくれていないようだが……ふ、オイラがただ楽をしたいがためにこん棒に乗っていたとでも思うか?」
「え?」
「この状況を見越して力を溜めていたのさ。この奥義はオイラのデジソウルを最大限にまで高めなきゃ発動できないんだ!」

 最大限の……デジソウルですって!? そんな! まさかここに来てまだ新しい設定を捩込むというの!?
 てゆーかこん棒でまあまあぼこぼこにしちゃった気がするけど力とか溜めれてるの!?

「おい、何をごちゃごちゃ言ってるベタ!? み、妙な真似はもうするなベタ!」

 まあまあびくびくしながらそう威嚇するモヒカンに、ヌヌは余裕の笑みを浮かべてみせる。え? ホントにあったりするの? 秘奥義が? 今まで必要に迫られた場面はそこそこあったはずですけれども!?

「ちょ、ちょっと! ホントのホントに!? いけるの!?」
「ああ、できればこの危険な技は使いたくなかったが……やむを得まい! ハナ、離れているんだ!」

 その気迫にモヒカンたちが思わず怯む。あたしもまたこくりと息を飲んで無言で頷く。何が何だかさっぱりだけど、何とかできると言うならしてもらおう。あたしは言われた通りにヌヌから距離を取り……距離を……取り?
 
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