-花と緑の-

□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンX:邪神の悪夢(6/6)

 
「いくよヌヌ!」
「おう! え? どこへ?」

 どこへってあはは。勿論それは……地獄のちょっと手前までだあぁぁーーー!!
 渾身の力を込めてこん棒を振り抜く。場外ホームラン確実な素晴らしいスイングであった。

「いってらっしゃああぁぁぁいぃ!」
「いってきましゅうぇええぇぇ!?」

 そうして、ヌヌが宙を舞う。美しすぎる弧を描いて、汚すぎる汁を撒き散らしながら。

「ぬ、むうん!?」

 あたしたちに向かって駆け出しかけた邪神が、響く絶叫に足を止めて空を仰ぐ。

「馬鹿があぁぁ! そんなに死にたいなら望み通りにしてくれよう!!」
「望んではいませんけれどもおぉぉぉ!?」

 ドリルの切っ先が飛び来るヌヌへと向けられる。迫真の演技で見事に邪神の気を引いているな。いいぞヌヌ! ん? あ、よく考えたら作戦は伝え忘れてたな。でも、まあいいか。
 あたしはスイングの勢いそのままに体を半回転させ、同時に両手で持っていたこん棒から右手だけを離す。空いた右腕を真横へ伸ばして、

「ウィザえモン!」

 名を呼べば、そういえばこっちにも言ってなかったと気付くが、しかしウィザえモンはすぐさまさっき預けておいた“それ”を投げ寄越す。理解が早いな、いい子だ! 後でなでなでしてあげる!
 ざりゅ、と地面を踏み締める。右腕を振りかぶって、狙いを定める。チャンスは一度。失敗は許されない。つまり、今こそ勇者の資質が問われているというわけだ! さあ、目覚めの時は来た!
 ぎりりと奥歯を軋ませ、右腕を振り抜く。馬鹿がとそう言ったか。だがそれは……お前だあぁぁぁーーー!!
 一投入魂。魂の全てを込めて放つそれが、狙いを外すことなどあるはずがない。その行く末を暢気に見守る必要など無い。あたしは再び体を回転させる。回ることにはお陰様でもう慣れた。今度は左手に握ったままのこん棒を、遠心力に任せて投擲する。くるくると回りながら飛んでいくこん棒はしかし、邪神へは向かっていかない。向かっていかないけれど、狙い通りだ!

「はぐん!?」

 本命は一投目。そして放たれたそれは、見事に自らの役割を果たし切ってみせたのだ。邪神が木を切り倒したことでそこら中に転がっていたそれ――ムラサキマダラ毒リンゴは、ヌヌを迎え撃とうと空を仰いだ邪神の、その間抜けに開かれた口に目掛けて寸分違わずどストライクを決める。

「ぎゃああぁぁぁーーーぅぬぷん!?」

 そして時間差で投じられたこん棒もまた、完璧すぎるほどに的を捉える。こん棒が突き刺さり、ヌヌから変な声が漏れた。別についでに始末しようとかそんな鬼畜なことではない。神経毒にもがきながらも邪神のドリルは空へと向いて回転を続けたまま。あたしがこん棒で吹っ飛ばしてやらなきゃヌヌは今頃想像もしたくない有様だったろう。まあ、そんなピンチに陥らせたのもあたしなんだけど。

「あががががが! ぎ、ぎゃひぃぃ……!」

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げながら、邪神ことニセモグラは泡を噴いて倒れ伏す。白目を向いて痙攣するその様にはさすがに良心が痛かった。そうか、普通は食べたらああなるんだな。ごめん。まさかそんなにとは思わなくて。ちょっとくらいなら味見してみようかという気持ちも実はあったがたった今完全に消え失せた。
 はあ、と息を吐いてへたり込む。何はともあれ、どうやらどうにもどうにかなったらしい。今更だけど考えてみると無茶な作戦だったな。あ、ヌヌどうなったかな。

「ハ、ハナ君……!」
「うん? あ、大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だ。それより、まさか本当に倒してしまうなんて! 凄いじゃないか!? 君は本当に救世主だったのかい!?」

 びくんびくんと震えるニセモグラを一瞥し、再びあたしに視線を戻して興奮気味にウィザえモンが詰め寄る。救世主、か。なんか段々自分でもそんなような気がしてきたのだけれど、落ち着き給えよ気の所為だからって気もまあまあしてはいる。腕を組んで、ううんと唸る。ウィザえモンがこくりと喉を鳴らす。あたしは、うんと頷いてみせる。

「まあ、似たようなものね!」
「おお、おおお! ハナ君!」

 つい口が滑る。戦闘による高揚感の余韻から来るとても間違った判断だとあたしの中の冷静めなハナさんが慌てて引き止めたが、既に遅い。まあ、今になって始まったことでもないし、もういいや。とにもかくにも、こうしてあたしはついに盗賊団を壊滅させてみせたのだから! そう、あたしこそが真の勇者・ハナさんだぁぁーー――!
 
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