-花と緑の-

□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンT:秘境の果実(1/3)

 
 世界は無情である。
 そして、現実は残酷である。

 いたいけな少女の思い描いた夢など所詮は絵空事。心のキャンバスを力ずくで引き千切るが如き悪魔の所業をもって、非情なる世界は冷酷なる現実を突き付ける。夢見たファンタジー世界で夢見た救世主と呼ばれようと、しかしてその実態は何も知らぬ純真無垢な小娘を血生臭い戦場に放り込んだだけ。愛と希望と勇気でできた夢の国などない。ここにあるのは憎悪と絶望と諦めと悲しみと怒りと不条理とかなんかそんなのでできたこの世の地獄。

 例えばそう、あたしは今、密林を彷徨っている。案内看板などあるはずもなく、舗装路どころか獣道すらない深い深いジャングルを、ひたすらに彷徨っているのだ。
 村を出たらNow Loadingといって次のエリアに進めるわけでもなく、画面の右上辺りに親切なマップが出ているわけでもない。
 何もないジャングルを、手ぶらに近い状態でただただ当てもなく歩き続けているのだ。かれこれ半日ほど。

 例えばそう、あたしは今、お腹が空いている。持たされた保存食などぽりぽり摘んでとうに腹の中。昨晩の満漢全席なんぞとうに消化した。
 密林にひょっこりとコンビニエンスストアが顔を出すわけもなく、都合よく美味しそうな食べ物が実っているわけでもない。

 そうして、あたしは現実を悟るのだ。
 ふ、と零れたそれは微かな笑みか、小さな溜息か。あたしはゆっくりと膝から崩れ落ちる。

「もう……駄目だ……!」
「って、ぅおおぉぉーーい!? だから早いよ諦めんの! しっかりしろよ現代っ子ぉ!! ちょっと軽目に迷っただけだろ!?」

 早くなどない。あろうはずがない。朝に村を出て今はもう夕方だ。景色は何も変わらない。あたしは十分過ぎるほどに頑張った。
 あたしはここで死ぬ。構わず先に行け。あたしの屍を越えてどこまでも。

「いやいやいやいやいや! まだ盗賊のとの字も見えてねえけど!? 村出た先の道中で迷って死ぬ勇者とかいる!?」

 いるんだよ。ここにいる。これが現実だ。さあ受け入れよう。受け止めよう。あたしに与えられたこの運命、この現実を。
 うふふふふ。ほうら川の向こうでおじいちゃんが手を振ってる。待ってて、今行くからね……。

「あ、ああ!? 待て待てハナ! あそこ見ろあそこ!」
「うふふふふ」
「うふふじゃなくてあそこの木だよ、ほらあれ! 木の実があるぞ! 食べ物だ!」
「うふふ、たべも……食べ物? 食べ物だとおぉ!?」

 飢えた獣のように四つん這いで顔だけを向ける。瞼をひん剥かんばかりに両の目を見開く。眼鏡がまるでスコープのように、生い茂る木々の間に覗く紫色の丸いものを刹那に捉える。今ならウォーリーもコンマ数秒で見つけ出せよう。

「ほんとだ! 木の実だ! がるるるる!」
「落ち着けハナ! 最後もう人間の言葉じゃないぞ! てゆーか全然元気だな!」

 命を繋ぐ希望が見えた。見えたと思ったら意外と余力がいっぱいあったと気付いた。てゆーかおじいちゃんピンピンしてたわ。誰ださっきのじじい。

「ようし、ちょっと待ってろ!」

 高く実る果実を見上げて木の皮をがりがりしていると、ヌヌが今まで見たことのないような頼もしい顔で大木に飛び付く。ぬめぬめで木の表面にぬるんと張り付き、見る見る間にぬるぬると上っていく。あたしが手ずから地道に切り倒す必要はどうやらなさそうだ。あんたを連れて来て初めてよかったと思えたぞ。
 ようし、いっけーヌヌ!
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