-花と緑の-
□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンV:藍色の賢者(1/4)
緩やかな傾斜を描く山道を行く。見上げた尾根は目眩がするほど高いが、ここをえっちらおっちら登るわけでもない。ついさっきヌヌから聞いたのだが、敵はこの山の廃坑を根城にしているらしい。廃坑の入口は山のふもと付近、村からほんの小一時間の距離だそうだ。意外とちゃんと話聞いてんのね。偉いぞヌヌ。
迷いようもない一本道をてくてく歩く。昨日は瞼に焼き付くほどジャングルばかりを見たせいか、山道の景色はとても新鮮だった。青々と繁る木々、色とりどりの花々、なんかよく分かんない植物、なんか行き倒れてる生物。山間から吹く風が心地いい。乱れた髪を手櫛で軽く整え、ふうと息を吐く。一歩二歩三歩と進み、そうして、ふと足を止める。
「ねえ」
「ああ」
なんかいた。
三歩二歩一歩と後ろ歩きで戻る。のどかな山道の景色に紛れ込んでいたのどかじゃないものが再び視界に入る。藍色のとんがり帽子とマント、力無く投げ出されたぬいぐるみのような手足。横に転がる杖のようなもの。そろりと帽子の下を覗き込めば真っ青な顔で白目を剥いていた。あとなんか上唇と下唇が縫い付けてあった。どんなプレイだろうか。
「ええと、これは……」
「ウィザーモンだな。ツチダルモンが言ってた盗賊ではないみたいだけど」
いや、そうじゃなくてね。
「あれかな。えーと、お休み中かしら」
「オイラには行き倒れ中に見えるけど」
はっきりきっぱり言い切ったヌヌの顔を見る。ウィザーモンとやらに一度視線を戻して、またヌヌを見る。そうして、
「ぎゃああぁぁぁ! 人殺しぃぃ!?」
グレムリン山荘バラバラ密室アリバイトリック毒殺事件ーー!?
「何これ何これ!? どうなってんの!?」
「お、おい、落ち着けハナ! まだ息はある!」
イキワアル? 何を訳のわからないことを言っている!?
「と、とにかく救急車! 霊柩車? どっち!?」
「いや、どっちも知らねえけど。と、とりあえず落ち着こうぜ」
落ち着けだと? 人が集まると厄介だからとかそういうあれか! 騒ぎになる前にずらかるとかそういうあれか!? 犯人はお前かあぁぁ!?
「う……」
あたしの名推理が今まさに真犯人を追い詰めんとしたその時、しかし事件はまさかの急展開を迎える。小さく呻き声を上げたのは、他ならぬ故・ウィザーモンだった。
ぎゃあああぁぁぁ!? ジャンルが違あぁう!? ノットサスペン! イッツァホラー!?
っていうか、あれ!? これってまさか!?
「生きてる!? ヌヌ、生きてるよ!」
「いや、だからそう言ったけど。オイラの話は聞いてなかった感じ?」
「ちょっと、大丈夫!?」
なぜだかしょぼんとしているヌヌを一先ずほったらかして、あたしはしゃがみ込んでウィザーモンに呼び掛ける。ううん、と呻き声をもう一つ。ウィザーモンはゆっくりと瞼を開く。
「大丈夫? 分かる? どんなサスペンスに巻き込まれたの?」
「サスペ……? い、いや、それより、すまないが旅の方……」
残された力を振り絞るように一字一句を紡ぐ。口縫われてよく喋れるな。だが分かった。あい分かった。分かっているとも! 必ず! 奥さんには必ず! 愛してると伝えておくからねえぇ!!
なんて、あたしの盛り上がりが最高潮に達したそんな時、しかして水をしこたまぶっ差すように鳴り響いたその音は、当のウィザーモンのお腹から。
ぐうぅ〜〜ぅるるる。文字に起こすとそんな感じだった。
「何か、食べ物……を……」
タベモノ? タベモノってあの食べ物? 食べる物? は! この音は……そうか!
「ヌヌ……なんかお腹空いてるみたい!」
迷探偵ハナさんの閃きが真実を射抜く。誰が迷だ。
「うん、まあ、だろうな」
あっけらかんとヌヌが言う。まさかそこに気付いていたとはな。ふふふやるじゃあないかヌメソン君っていやいや言ってる場合じゃないや。そんなことより何か食べさせてあげないとそれこそ事件だ。
しかし、とは言えこんなところで……!
「食べ物! 食べ物?」
キョロキョロと辺りを窺う。窺って、そうしてはたと気付く。目に留まったのは、雨宮ナニガシさんが左手に持っていた風呂敷包みだった。
なん……だと!?
「なあ、ハナ」
「……五秒だけ頂戴」
みなまで言うな。分かってる。今度こそしっかりちゃんと分かってる。あたしはごくりと喉を鳴らしながら、五秒きっちりを掛けて風呂敷包みを開く。
「ひゃい、どうじょ……」
声は震えて裏返っていたという。