-花と緑の-

□第一話 『花と緑の』
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シーンU:異界の迷子(3/3)

 
 選ばれし子供! それは選ばれた子供たちである!
 選ばれし子供!! それはこの世界を救う為に召喚された救世主!
 選ばれし子供!!! それはデジモンとともに戦い、デジモンたちに進化をもたらす者!

 熱く語る緑のヌメにあたしは頬杖を突きながらうんうんと適当な相槌を打つ。バロモンさんから味噌スープのおかわりをいただき、ふうと一息。鼻息の荒いヌメにまあ落ち着きなはれとばかりに手をひらひらさせる。

「で、あたしがそのきゅーせーしゅだと?」
「……思ったんだけど」
「違ったみたいね」

 ばっさりと言ってやればヌメは分かり易く肩を落とす。あからさまにがっかりすんな。勝手に勘違いしといて。どうでもいいけど肩なのかそこ。というかこんなか弱い女の子をいきなり拉致って血生臭い戦場に送り出すとか、何だそれ鬼か。鬼畜か。鬼畜なのか。この鬼畜ヌメ!

「だったらハナは……」
「恐らく偶発的なゲートに迷い込んでしもうたのじゃろう。災難でしたのうハナさん」
「えぇ〜……ただの迷子?」

 冷ややかな視線を送るあたしにヌメはまたがっくりとうなだれる。何か腹立つな。確かに迷子なのだけれども。迷子……迷子か。ああ、そういえば、

「あのー」
「うん? なにかね」
「ええと、ところであたしってその、どうやって元いたとこに帰れば?」

 すっかり聞き忘れていたと、問えばバロモンさんはふむと唸ってぽりぽりと頬を掻く。とても言い辛いのですがとばかり。その反応だけで大体想像はついたのだけれども、とりあえずは黙って返答を待つことにした。というか自分からその現実には向き合いたくなかった。ややを置いてバロモンさんはよっこらしょいと腰を上げ、おもむろに外へ向かって歩き出す。一度だけ振り返って手招きをしたその後ろ姿をあたしは黙って追う。

 のれんのような厚い布が掛かっただけの、扉とも言えない扉から屋外へ出る。辺りを見渡しながらバロモンさんの元へ小走りで駆け寄る。どうやらここは周囲をジャングルに囲まれた、というよりはジャングルの奥地を切り開いた集落のようだ。木造のロッジに似た建物がそこかしこに並ぶ。

「見えますかな」

 そう、空を見上げるバロモンさんの視線を追う。澄み渡った青空に高く遠く、何かが浮かんで見えた。目を細めて凝らす。雲の切れ間に小さく見えるそれはまるで鉛色の月。金属的な鈍い光沢を持ち、表面には電子基盤のような幾何学模様。何かの機械か。例えるなら丸いUFOと言ったところだろうか。サーチライトにも似た光の筋が所々から発せられていた。

「あれは?」
「“リアルワールド球”と言いましての。こちらの世界……“デジタルワールド”から見たハナさんたちの世界、とも、その入口とも言われております」
「それは、つまり……」

 自分でも分かるほどにはっきりと引き攣った顔で、ゆっくりと視線をバロモンさんへ戻す。再びぽりぽりと頬を掻くばかりのバロモンさんに代わり、答えたのはいつの間にかやって来ていたヌメだった。

「帰るならあそこまで上んないと駄目ってことだな」

 と、はっきりきっぱり言い切るヌメの顔はやけに爽やかだった。何でちょっと嬉しそうだこの野郎。根に持ってるのかこの根暗ヌメめ。

「ええと……それで、それはどうやって?」

 一応聞いてみる。ロケットなどはお持ちじゃないかしら。なんて言ってるわけではないけれど。一応……そう、一応念のためである。
 淡い期待を込めて問うそんなあたしに、しかしてヌメとバロモンさんは顔を見合わせしばし。声を揃えて言うのだった。

「さあ?」

 ヌメが肩を竦めてバロモンさんが首を振る。うん、まあ知ってたよあたし。いいの。一応だから。

「さて、と」

 ふう、と息を吐く。伸びをして、うん、と頷く。何故かヌメがびくっと震えてバロモンさんが目を逸らす。そうして、あたしは笑顔でこう言うのだ。

「味噌スープって、まだあります?」
 
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