-花と緑の-

□第一話 『花と緑の』
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シーンT:緑との遭遇(2/3)

 
「よう、大丈夫かい?」

 蝋人形のように固まりながらあれこれ考えていると、巨大ナメクジの2つの眼球がぎょろりと動いて、赤い舌の垂れ下がった口から零れたのはなんとも流暢な日本語。
 あはは喋ってやんの。ちょーウケる。そんな心の声に抑揚は無く、まるで背筋から伝染した冷たさに凍りついたよう。焦点の合わない目はざぶんざぶんとドルフィンキックで泳ぎ続けて、高く飛び散る飛沫が涙腺のプールサイドから零れて落ちる。体中から体温が消えていく錯覚。これはあれかしら。世に言うあれ。血の気が引くってあれかしら。
 となるとそうね。それじゃあとりあえず、

「ぎ……」
「ぎ?」
「ぎひゃああぁーーーーーーひぃいああーーーー!!!」
「お、おおお!? な、何だ? え? どうした!?」
「いぃーーーやぁーーーー!!!」
「ちょ、ど、どうした!? 落ち着け! 何があった?」

 何がも何もあるかあっ! そこのクリーチャアぁ! あんただあんた! あとどこだここ!? あたしの部屋は!? 家は!? むしろ国は!? 何このジャングル!? うぇあ! いず! ひーあーー!?

「ぎゃああーーーーーっ!!」
「おおお落ち着けってばー!」
「落ち着けるかあぁーー!!」

 凡そ考え得る非常識というものの範疇もホップステップテイクオフとばかりに飛び越える目の前の不条理に、か弱い乙女のガラスハートはエマージェンシーを最大音量でコールする。口から出る悲鳴は自分でも未だかつて聞いたことのないような声。
 冷静に見るなら恐らく宥めようとしているのだろう。優しく声を掛けながらゆっくりと近づいてくるナメクジはしかし、恐怖と混乱により一層の拍車を掛けるだけ。尻餅をついたまま踵で地面を蹴ってずりずりと逃げる。ナメクジはわたわたしつつもそれを追う。

「ちょ、ちょっと待て。な? 大丈夫だからほら、なあ?」
「いぃーーやぁーー!! 来るなぁーー!!」
「いや、だからな? オイラは別にゅぷぺっ!?」

 ぎゃーぎゃー叫びながら逃げていると、突然変な感触と変な声がする。ふと見れば目前まで迫っていたナメクジが随分遠くで転がっていた。どうやらバタバタやってた足で思い切り蹴飛ばしてしまったらしいことに気付いたのは、近くの木陰に逃げ込んだ後、ゴミ屑のように転がっているナメクジの顔面にスニーカーの靴跡を見つけて更にしばらく経ってからのことであった。
 
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