□第零夜 原色のイヴ
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0-3 夢路の旅人(2/2)
気付いた時、俺は俺だった。
掌を開いては閉じ、また開いてはまた閉じる。確かな感触、確かな体温、確かな自分。
音が聞こえた気がして振り返る。暗闇に、光が差していた。暖かくて、優しい光だった。
ふらふらと立ち上がる。よたよたと歩き出す。覚束ないのはきっと、初めて地を踏み締めたから。
は、は、は、と吐息が漏れる。逸る。どうしようもなく。いつの間にか走り始めていた。
後少し、もう少し。手を伸ばして、そうして――鮮血が舞った。
細い腕に鋭い痛みが走る。恐らくは首を狙ったのであろうその一撃。咄嗟に致命傷を避けたのはきっと、初めてのことではなかったから。
振り向いて、ぎりぎりと歯列を軋ませる。“何故だ”とも、“誰だ”とも問わなかった。問うまでもない。けれど、困惑はどうやらお互い様。
何故かは解る。誰かも解る。のに、訳が解らないと困惑する自分がいる。僅か秒の間の睨み合い。少しの躊躇いを置いて、駆け出した。
想定外。それもまたお互い様か。襲い来る見知った誰ぞは一拍も二拍も遅れを取る。どうして背を向けるのだ。どこへ行こうというのだ。今、何が起きているというのだろうか。同じ疑問が頭に踊る。
走り、追い、裂いて、避ける。
何度繰り返したか。繰り返し続けるのは、万全でないことさえもお互い様だから。
ここは狭間の世界。夢と現の、あるいはリアルとデジタルの。
俺はまだ俺になれない。
私はまだ私でいられない。
希薄な存在。不確かな肉体。それでも、それでも歩みを止められぬ理由がある。戦わねばならぬ理由がある。
駆ける。翔ける。どことも知れぬ場所を目指して、誰とも知れぬ誰かが待っていると、愚かしいほどに信じ抜いて。
どこだ、どこだ、どこだ!
誰だ、誰だ、誰だというのだ!
解らない。何も。血に塗れて、痛みに呻いて、戦いに苦しんで、それでも求めるものとは何だろう。
どこまでも、どこまでも手を伸ばす。きっといつかは届くから。根拠もないのに確信めいたそんな予感。
だから、まだ死ぬ訳にはいかない。この感情は恐怖だろうか。希望だろうか。どちらにせよらしくないなと、小さく笑う。こんな時だというに。嗚呼、傷が開く。傷が増える。血が足りない。感覚が鈍い。頭が痛い。訳が分からない。
だから、ふと思った。
そうだ。
君に逢いに行こう、と。