□第零夜 原色のイヴ
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0-2 紅蓮の標的(2/2)

 
 車輪が横這いに地を削る。けたたましい摩擦音と砂煙を立て、鉄の獣がその足を止める。背上のケダモノは、ただただケタケタと笑い続けていた。

「誰だ」

 ひとしきり笑い、ケダモノは口端を歪めたままに問うた。名を聞くなど、名を知りたいと思えるほどの強敵に出会えたことなどいつ以来だったろうか。それも、

「我が名はドミニモン」

 先の一撃をくれた青い甲冑と光の剣の天使が吐き捨てるように言う。

「スラッシュエンジェモンと申します。以後お見知り置きを」

 次いで刃の鎧に身を包む白銀の天使が馬鹿丁寧に礼をする。
 嗚呼、とケダモノは吐息を漏らす。よもやこれほどの猛者が二人も揃って現れてくれるなど、今日は何と素晴らしい日であろうか。
 可笑しくて、嬉しくて、ともすれば喋るどころか息をすることすらもままならなくなるほどの笑いが込み上げる。そんな狂喜をどうにか喉の奥へと押し止め、肩を震わせながらケダモノは、静かに名乗りを上げた。

「ベルゼブモン」

 告げられた名にけれど、天使たちは僅かの反応も寄越さない。聞かずとも知っている。と、天使の眼差しが言葉なく語る。その様にケダモノは、闇に蔓延るケダモノたちが王・ベルゼブモンはまた笑う。

「くっ、はははははああぁ! おもしれえ!」

 知ってなお挑むか。この世の闇を統べる七柱が魔王と、知ってなお!?
 面白い! 実に面白い! 嗚呼、面白いぞ!?
 笑う。醜悪にその顔を歪め、欲望にその心を委ね、自らの声にその喉を張り裂かんばかりに。

「さあ、殺し合おうじゃねえかあ!?」
「何と、醜いことか……!」

 そんな魔王に青の天使・ドミニモンが抱くのは嫌悪と激情。こんな邪悪が、汚らわしきケダモノがこの世に存在していいはずなどないのだと。そう、心の内に叫ぶように。

「はあ……はははああぁあぁ!!」
「行くぞ、スラッシュエンジェモン!」
「はい! 全軍我らに続け!」

 魔王の雄叫びが天を衝き、天使たちの怒号が地を揺らす。

 遠く遠く、高く高く――彼方のまほろばより紅蓮の咲き乱れるそんな戦場を見下ろして、白羽の王は何を思うか深く深く息を吐く。
 そうして少し。悲壮にも似た決意の火を点すその目に黒の王を見据え、白の王はその身を天へと躍らせる。

 決着は、それから僅か。
 眠るように無明の闇へと意識を沈め、王は――紅蓮の花園に臥す。
 
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