□第零夜 原色のイヴ
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0-2 紅蓮の標的(1/2)
何故だ。などと問うことはしなかった。
荒涼たる野を駆ける、その毛並みは黒鉄にして四肢は車輪。鋼の唸りが乾いた空を摩る。人であれば“バイク”と呼ぶであろうそれ。だが、そこは人ならざるものたちの世界。鉄の獣と、人ならざる彼らはそう呼んだ。
牙を打つ。黒鉄の獣を駆るもまた黒衣の獣。身の丈も出で立ちも人のそれ。なれど、濃紺の仮面より覗く血の色の三つ目が、死を前に笑うその狂気が、それが人などでは有り得ぬことを物語る。
火花。ひしめくように重なり響く金属の軋み。秒の間に十と六度。携えた二丁拳銃の引き金を引く。右より九、左より七。放たれた銃弾に同じ数の命が消える。
咆哮。人の姿をしたケダモノが笑う。舞う鮮血、散る白羽。ケダモノの視界を埋め尽くすほどのそれ。名も知らぬその襲撃者たちを一言で形容するならそう、天使とでも。
退屈だった。血に渇き、死に飢えて、戦いを求めて当て処なく彷徨っていた。この渇きと飢えを満たしてくれるなら相手は誰でもよかった。だから、この天使たちがどこの誰で何のために自分の命を狙うのかなど、知りもしないし聞きもしないし興味もなかった。ただ、敵ならそれでいい。どいつもこいつも雑魚ばかりだが、数える気にもならないその圧倒的物量と、見惚れるほどに洗練された統率力が個々の質を補って余りある。端的に言って、悪くない敵だった。
戦いは、勝機の希薄なくらいがちょうどいい。
愉悦に浸る。耳元で研がれる鎌の音が、首筋を撫でる死神の冷たい吐息がこの上なく心地よかった。臨死の恍惚。生き物としては明らかに外れたその感覚がケダモノをケダモノたらしめる。
笑い、撃ち、吠えて、殺した。
どれだけ撃ってどれだけ殺したろう。覚えてはいない。数えてもいない。刹那を生きるケダモノにとっては一秒前に殺した敵もとうに過去だった。
笑う。歪む。狂う。
今一瞬の快楽に身を委ねる。この狂喜がすべてを充たす。他には何も要らない。求めることも考えることもしなかった。だが――
「醜い」
はたと、欲望に溺れる意識を咄嗟に引き戻す。声より一拍、閃くのは白刃。明確な殺意と濃厚な死の匂いを孕む、冷たく鋭いその一撃を紙一重に避ける。仮面の端が浅く裂かれて、ケダモノの顔に浮かんだのは僅かな驚愕。
だが、それも束の間。声を上げて笑い狂う。まるでその出会いを、祝福さえするかのように。