□第零夜 原色のイヴ
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0-1 白羽の誘い(1/1)

 
 それは、八月の最後の日のことだった。

 雲一つない晴れ空を突き抜けて、まばゆい太陽の熱がアスファルトを焦がす。行く道の先は陽炎に歪み、茹だるような暑さとはまさにこのこと。
 月初めに比べるなら大人しくなった蝉たちもしかし、中には俺たちの夏はこれからだぜとばかりにハッスルする益荒男もまだまだ見受けられた。要するに、煩かった。

「あつい……」

 わざわざ口にするまでもない当たり前の感想はほとんど無意識に、譫言のように零して、少女は額の汗をハンカチで拭う。水玉のハンカチには彼女の名前か、あるいは愛称であろう「Mary」の刺繍があった。

 ふう、と息を吐く。その細い首に掛かったトレードマークの三つ編みを背中側へぴんっと指で弾いて、少女はハンカチをポシェットへ仕舞い、代わりに水色のスマートフォンを取り出す。二度三度タッチパネルに指を滑らせ、ノイズの走る液晶画面にまた溜息を零す。
 どうにも今朝から調子が悪い。というか、認めたくはないが明らかに壊れている。機種変更をしたのはつい先日だというのに。おかしなことをした覚えはない。初期不良という奴だろうか。とにもかくにも見てもらおうと、こうして炎天下をとぼとぼと歩いているわけだけれども。

 はあ、と三度目の溜息を吐き捨てて、空を仰いでああ〜と声を上げる。
 今日は人生で最悪の日だ。まだほんの十四年しか生きてはいないが心の底からそう思った。確かに――ある意味でその予感は大当たりだったなんて、そんなことは知る由もなく。

 りん、と。
 鈴の音に似た空気の震え。あるいは虫の知らせとでも言おうか。視界の端を白い羽が過ぎった気がした。
 何気なく、手の中の水色の端末へ目をやった。

「なに……これ?」

 液晶を埋め尽くすのは砂嵐。その中心に浮かぶ、白い便箋のアイコン。
 メール?
 眉をひそめて、おもむろにアイコンを叩く。途端に立ち上がるのはプリインストールされていたメーラーではない。フルスクリーンで表示されたのはシンプルな白いウィンドウ。まるでたった今打ち込んでいるように一文字ずつ表示されていく文面に、少女は益々眉間のしわを深くする。

 少女はまだ知らない。
 それが世界を変える聖戦への招待状であることなど。
 そして自らの選択がどんな意味を持つのかを。

 それから僅か――白妙の胡蝶に似た白羽が、夏の空に静かに舞った。
 
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