□第十六夜 琥珀のメモリアル
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16-4 永遠の物語(1/1)

 
 古城が震える。重々しい足音を響かせて、エルドラディモンは荒波に揉まれた岩肌の海岸を前に立ち止まる。遠く、暗い空に輝く真紅の薔薇が見えた。

「あれが“薔薇の明星”……」

 荒涼たる大地を臨むエルドラディモンの背上で、目指す先を見詰めてぽつりと零す。誰にともなく漏らした独り言に、インプモンが小さく頷いてみせた。

「ああ、間違いねえ。あの薔薇の下に奴らの城がある」

 三大天使が一角たる座天使・オファニモンの主城“薔薇の明星”。起伏に富んだ地形ゆえ、城そのものはいまだ見えないが――私の耳へ届く遠い旋律が、姿なきその存在を告げる。ここまで接近しているのだ。向こうも疾うに気付いてはいるだろう。それでもいまだ不気味な沈黙を守る“薔薇の明星”に、私は息を飲む。とくん、と脈を打つ胸にそっと手を当てる。

「怖いか?」

 そう問うたインプモンに、私は首を振る。

「大丈夫」

 と、返した言葉は本心だった。そうか、とだけ言って、インプモンは小さく笑う。

「インプモンこそ、まだ進化の仕方も分からないのに……怖くないの?」

 少しを置いて問い返す。インプモンは、私と同じ言葉を口にしてみせた。

「大丈夫」

 心の底から出た言葉だと、迷いのない晴れやかな顔が語る。私はただ、うん、と頷いた。
 そう、大丈夫。きっと。どんな悪夢も、もう怖くはない。越えてゆける。どこまでも、どこからも。

「さあ、行こうか」

 撃鉄にも似た言葉が始まりを告げる。

「ええ、行きましょう」

 引き金にも似た言葉で応えて歩み出す。

 手を繋ごう。足音を揃えて、歌声を重ねよう。この胸の鼓動さえもが同じ拍子を刻む時、世界を変える旋律が今一度この空を統べるだろう。

 遠い、今はまだ遠い日の物語。

 いつか来るその日。私たちはきっと、固い握手を交わすだろう。泣きはしない。少なくとも、互いの姿が見えなくなるその間際までは。

 沢山の出逢いとサヨナラの物語。

 笑顔と涙。絆と決別。数え切れないほどの悲しみに傷付いて、数え切れないほどの喜びに支えられて、私たちの旅は続いてゆく。

 終わることのない永遠の物語。

 私の旅。私の夢。私の歴史。私が綴り、描くのは私自身。旅をしよう。夢を見よう。私の歴史に私を記そう。果てしないこの物語を読み耽よう。いつか来る、サヨナラのその日まで。

 さあ――
 
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