□第十五夜 極彩のネビュラ
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15-2 終曲の悪夢(1/2)

 
 旋律が聞こえた。
 この世の原曲を織り成す十の音色が、時に競い合うように、縺れ合うように、それでも手と手を取り合って、天地を巡る星明かりのように響き合う。

 掲げた端末が、私とインプモンを繋ぐ薄墨色のデジヴァイスが光を放ち、音を奏でる。
 翡眼の王の左手が何もない空を滑る。風の弦を爪弾くように、光の楽譜を綴るように。指先に点る夜闇の炎が幾何学模様を描き出す。天にかざす掌の上を炎は縦横無尽に走り回り――やがて形作られるそれは、遥かな高みに浮かぶリアルワールド球にも似た立体魔法陣。
 デジヴァイスを揺らす。譜面を滑るペンのように、音色を導くタクトのように。私が補う。私が支える。私が――完遂する。

 腕を振るう。魔法陣を繰る翡眼の王の手と、デジヴァイスをかざす私の手がシンクロする。重なり響く旋律が静寂の氷天を巡る。拡がる。走る。薄墨の火が十に色を変え、色無き虚空を彩る。
 これが終幕の、そして開幕のフルスコア。さあ奏でよう。輝ける星々の調べを。

 翡翠の眼差しが悪夢を捉える。耳鳴りにしか聞こえぬ雄叫びを上げて、この世のすべてを喰らわんと己が領分を越えてしまったその、悪夢を。
 砲口を向ける。真っ直ぐに、迷いなく。
 魔法陣が形を変える。黒鉄の砲口を中心に、その一部となるように。回る。廻る。砲口の先に座する球体の魔法陣から、花弁にも似た羽が咲く。その様はまるで十枚羽の風車。羽先に十色の火を点し、ゆっくりと旋転する。

 混じることなき十の色は、世界の始まりを描く原色。そのすべてを司るものを歴史はこう呼んだ。“破壊者”――そして“創造者”と。
 その名を背負うべき宿命の十の英雄たちはいまだ揃わない。けれど――嗚呼、誰が想像できただろう。同じ名を背負えるものが、闇の中より生まれようなどと。

 ここが、今この刹那が歴史の特異点。
 そこに在る当人にはいまだ知る由もないことだが……世界は今、変革の時を迎えたのだ。
 そしてその道の先にはきっともう、過去より這い寄る亡者の居場所など、ありはしない。

 砲身と一体となった右腕の、その人差し指を引き金に掛ける。秒にも満たぬその時間。頭を過ぎるのは幾百もの記憶。時を遡る錯覚。
 ふと笑う。どうしてと問われれば、わからないとまた笑うだろう。

 瞬間――長い長い、余りにも長い夜の果てにようやく、光差す夜明けのその時を見た。
 
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