□第十四夜 翠星のアジュール
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14-2 翡翠の覚醒(1/6)
「お別れは済んだかな?」
わざとらしく肩をすくめて、悪夢の魔王・ベリアルヴァンデモンは嘲るように笑う。
「そいつぁてめえとのか? 悪いが別れは惜しんでやれそうもねえな」
はん、と鼻で笑い、翡眼の魔王・ベルゼブモンは首を傾げてみせる。
対峙する魔王と魔王。その眼光が鋭く矢のように飛び交い、火花を散らして弾け合う。一触即発。ぴりりと、空気が張り詰め凍り付く、そんな感覚。瞬間、先に動いたのはベリアルヴァンデモン。両肩の砲を構え、にたりと唇を歪める。
「どれ、試してみようか」
そんな言葉を合図に、引き金もない砲が飢えた野獣のようによだれを垂らしてあぎとを開く。その様は武器というよりもはや生物。いや、事実それはベリアルヴァンデモンからは独立した別個の生命なのだろう。砲口から漏れる異音はまるで歓喜の声。楽しい愉しい狩りの時間だとばかり。
「ヒナタ、ベヒーモスに乗ってろ」
振り向きもせず、ぽつりと言って、答えも待たずに数歩を踏む。そんなベルゼブモンの背からは炎が立つと錯覚するほどの戦意と闘志がたぎる。
私は無言で頷きベヒーモスに跨がる。ちょうどその時。
ごぼごぼと、汚水が泡立つような不快な音はベリアルヴァンデモンの肩に根付く生きた砲から。その喉の奥よりマグマの如き灼熱が沸く。硫黄に似た異臭が鼻を突いた。ベルゼブモンが半身を捻り、ベリアルヴァンデモンが黄土色の眼を見開く。
刹那の間隙を置き、双肩の生体砲が咆哮とともに火を放つ。
冷たい空気を燃やし氷の大地を焦がす、地獄より漏れ出たような業火が虚空を貫いて――そして闇に散る。
ベルゼブモンの左手に夜闇を思わせる薄墨色の炎が点り、その爪の一振りに業火は消し飛ぶ。切り裂くより、削り取るようなその一撃は、さながらすべてを呑み込む闇そのもの。
ほう、とベリアルヴァンデモンが声を漏らす。
「急拵えの紛い物にしては実によくできている」
「ああ?」
ベルゼブモンが眉をひそめれば、ベリアルヴァンデモンは嫌らしい笑みを浮かべて目を細める。
「くくく、まだ気付かないかね。今の自分が何者であるか」
「……何が言いてえ?」
「死者は死者に過ぎぬということ。要はセラフィモンと同じだよ。屍の皮を纏うだけの……偽りの魔王よ!」
高笑いを上げる。ありったけの侮蔑を込めて。そこに希望など、ありはしないのだと。