□第十四夜 翠星のアジュール
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14-3 新星の戯曲(1/4)
一、二、三と。拍子を刻む黒の波動が虚空を駆る。それはまるで天に舞う黒衣の死神にも似て。指折り数える暇もなく、魔獣は次々に塵と消える。
ふう、と至近の魔獣をあらかた掃討し、息を吐く。ちょうどそんな時、腕の中で細い肢体がぴくりと震えて、寝ぼけ眼がゆらりと揺れる。
「よう、怪我はねえかい。嬢ちゃん」
「え……あ、ない、けど」
気付けば空の上、不意に襲う浮遊感と僅かに途切れた記憶に戸惑いながら、ラーナモンは頓狂な声を上げる。きょろきょろと辺りを見渡し、そうして、ぐにゃぐにゃと眉をひそめる。
「降りるぞ」
「え? ひ、やあぁ!」
小さく言って、飛び降りるようにひょいと下降する。地につく間際に翼で風を掻き、軽やかに氷原へ降り立つ。
「おっと、立てるか?」
何が何だか分からない、といった風にふらふらとよろめくラーナモンの肩を抱え、僅かに口角を上げる。
怒り、焦り、戦意すらも感じさせない余りに暢気な笑み。ベリアルヴァンデモンはなおも健在。魔獣もまだ相当数を残し、タイムリミットは刻一刻と迫る。そんな状況など、知ったことかとでも言わんばかり。
「っ……はい」
ふらつきながらもどうにか自力で立ち、ラーナモンは少しだけ顔を強張らせる。後退るように僅かに離れて、
「だ、大丈夫、です」
思わず敬語で声を裏返す。そんなラーナモンの頭に軽く手を置いて、翡眼の魔王は視線を横合いへ遣る。
「奴らを引き付ける。その隙にヒナタと合流しろ。ベヒーモスなら安全だ」
それだけ言って、答えも待たずに数歩を進む。一度だけ立ち止まると視線は前を向いたまま、
「じゃあな」
素っ気なく、けれどどこか優しい声色。二対の黒翼を厳かに、優雅に広げ、翡眼の魔王は地を駆ける。一歩二歩と氷原を踏み締めて、そのまま空へと疾走するように飛翔する。
ふ、と鼻で笑う。氷の大地を踏み砕き、凍える風を裂いて、悪夢の魔王もまた紫紺の翼で空へと舞い上がる。
氷天に、二柱の魔王は相対し、翡翠と黄土の目が視線を交わす。少しの沈黙を置いて、くく、とベリアルヴァンデモンが低く笑う。遥かな空より地平を見渡して、恍惚に浸る。
「翼は良い。地を這う虫けらどもを見下せる。まさに王の証だ」
だが、と、その目を眼前の王へと向けて、牙を剥く。
「君には地べたが似合いだろうに。なあ……虫けらの王よ!?」