□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-4 翡眼の魔王(1/4)
血の色の爪を弾く。まるで指先の糸屑でも払うように、無造作に。瞬間、冷気が逆巻き風が唸り、黒獅子の体が宙に舞う。
「おや、力の加減を間違えたかな」
薄く笑う。抵抗もできないその様がさも愉快とばかり。どしゃりと、黒獅子が氷原に倒れ伏し、そこへ至ってようやく私たちはしばしの硬直から脱する。
「レーベモン!」
振り返り名を呼ぶも、応える声はない。ぐ、と一度だけ呻いて、黒獅子は体を震わせる。
「そのまま寝てい給え、闇の闘士よ。セラフィモンの自爆も、まったくの無傷で逃れた訳ではあるまい」
やれやれと肩をすくめるサタナエル――否、悪夢の魔王・ベリアルヴァンデモンに、黒獅子はただただ悔しげに牙を鳴らすだけ。
嗚呼、と。言われてようやく気が付く。そうだ、エイリアスであるダスクモンがその存在を維持できなくなったのは、本体であるレーベモンからの力の供給が途絶えたから。それができなくなるほどの状況にあったから。爆発から生き延びたとはいえ、無傷であったはずがない。
「レイヴモン」
小さく呼び掛ければ、レーベモンと同じ場に残ったレイヴモンは歯噛みして頷く。詳しい話を聞く間はなかったが、どうやら爆発から逃れたというより、直撃だけはどうにか免れたといったところか。
既に連戦に耐え得る状態ではない。長引けば不利。どころか、今の力量差を見るにあるいはそれ以前の問題か。
「どうするの、インプモン」
「どうもこうも……」
私が問えばインプモンは振り返りもせず、眼前の魔王を見据えたまま息を漏らす。
分かっている。答えが一つであることは。サタナエルから感じ取れたあの旋律、この状況。素直に解釈するなら、メルキューレモンを倒してなお変わらず存在し続けるこのセフィロトモンは、既に魔王の掌中にある。ここに、逃げ場などないのだ。退くことが叶わないなら、取るべき手は、生き残る道は一つ。
「決まってんだろ……!」
逃げも隠れも、小細工を弄するもできぬ、そんな状況への自棄か自嘲か。言い捨てるインプモンの顔に浮かぶのは、どこか吹っ切れたような笑み。
ぎん、と牙を打つ。
「行くぞ!」
怒号する。迷うな、躊躇うな、戦えと、鼓舞するように。
インプモンに一拍だけ遅れ、レイヴモンとラーナモンがそれに続く。そう、もはや戦うしかないのだ。たとえその先に、いまだ光が見えずとも――