□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-3 悪夢の魔王(1/4)
崩落は音もなく。異形の巨体は倒れゆくその端々から徐々に黒い粒子へと変わり、消し炭のように静かに風に散る。やがてその全てが虚空に溶けた後、氷原にはぽつりと横たわる人影が一つ。
はっと、勝利に沸くラーナモンの顔色が変わる。
「アユム!」
知らない名を呼ぶ。駆け出すラーナモンの姿が淡い光に包まれて、途端に人のそれへと、人間の少女・マリーへと変わる。
少しだけ遅れてその後を追うのはレーベモン。同様に光に覆われ、人の姿へ変わる。年の頃はマリーとそう変わらない。髷のように結った長髪が特徴的な、人間の少年だった。
「し、死んじゃったなんてこと、ないよね?」
「……ああ、大丈夫だ。ちゃんと生きている」
マリーたちが駆け寄る先に倒れていたのは、眼鏡を掛けた細身の少年。その胸に手を置いて鼓動を確かめると、不安げにおろおろとするマリーに、レーベモンだった少年は優しく言う。仲間の無事に、安堵の息を吐きながら。
「そいつがメルキューレモン、に、間違いないんだな?」
インプモンが問えば長髪の少年はこくりと頷く。
「そうだ。俺たちと同じ、選ばれし子供だ」
おもむろに立ち上がり、長髪の少年はインプモンを見据える。小さく溜息を吐いて、少しだけ目を細める。
言わんとしていることは察したのだろう。インプモンは肩をすくめる。
「まあ、別に命まで取るつもりはねえよ」
そんな言葉に少年の顔から、僅かばかり緊張の色が薄らぐ。少年は重々しく頭を下げる。
「すまない」
「済んだことだろ。どうせもう――」
終わったのだと、言いかけたインプモンの言葉を遮ったのは外でもない私。
「まだ」
と、言った声は知らず震えていた。
「何だ、ヒナタ?」
「まだ……セフィロトモンは、消えてない」
そう、私が言えばはっと、インプモンたちは辺りを見渡す。ふとすると忘れそうになる。けれど、そうだ、ここはまだセフィロトモンの体内。先程の異形の怪物のように徐々に霧散していく、そんな気配もまるでない。旋律は、いまだ消えていない。
「どういうことだ?」
「……分からない」
インプモンが問い、少年が首を振る。その顔に再び緊張が走る。
「あいつは、どこ?」
誰にともなく問う。インプモンもまた気付いて――そんな時。声は不意に、頭上から降る。
「私をお探しでしょうか、お嬢さん?」