□第十三夜 翡玉のヘスペラス
11ページ/20ページ

13-3 悪夢の魔王(1/4)

 
 崩落は音もなく。異形の巨体は倒れゆくその端々から徐々に黒い粒子へと変わり、消し炭のように静かに風に散る。やがてその全てが虚空に溶けた後、氷原にはぽつりと横たわる人影が一つ。
 はっと、勝利に沸くラーナモンの顔色が変わる。

「アユム!」

 知らない名を呼ぶ。駆け出すラーナモンの姿が淡い光に包まれて、途端に人のそれへと、人間の少女・マリーへと変わる。
 少しだけ遅れてその後を追うのはレーベモン。同様に光に覆われ、人の姿へ変わる。年の頃はマリーとそう変わらない。髷のように結った長髪が特徴的な、人間の少年だった。

「し、死んじゃったなんてこと、ないよね?」
「……ああ、大丈夫だ。ちゃんと生きている」

 マリーたちが駆け寄る先に倒れていたのは、眼鏡を掛けた細身の少年。その胸に手を置いて鼓動を確かめると、不安げにおろおろとするマリーに、レーベモンだった少年は優しく言う。仲間の無事に、安堵の息を吐きながら。

「そいつがメルキューレモン、に、間違いないんだな?」

 インプモンが問えば長髪の少年はこくりと頷く。

「そうだ。俺たちと同じ、選ばれし子供だ」

 おもむろに立ち上がり、長髪の少年はインプモンを見据える。小さく溜息を吐いて、少しだけ目を細める。
 言わんとしていることは察したのだろう。インプモンは肩をすくめる。

「まあ、別に命まで取るつもりはねえよ」

 そんな言葉に少年の顔から、僅かばかり緊張の色が薄らぐ。少年は重々しく頭を下げる。

「すまない」
「済んだことだろ。どうせもう――」

 終わったのだと、言いかけたインプモンの言葉を遮ったのは外でもない私。

「まだ」

 と、言った声は知らず震えていた。

「何だ、ヒナタ?」
「まだ……セフィロトモンは、消えてない」

 そう、私が言えばはっと、インプモンたちは辺りを見渡す。ふとすると忘れそうになる。けれど、そうだ、ここはまだセフィロトモンの体内。先程の異形の怪物のように徐々に霧散していく、そんな気配もまるでない。旋律は、いまだ消えていない。

「どういうことだ?」
「……分からない」

 インプモンが問い、少年が首を振る。その顔に再び緊張が走る。

「あいつは、どこ?」

 誰にともなく問う。インプモンもまた気付いて――そんな時。声は不意に、頭上から降る。

「私をお探しでしょうか、お嬢さん?」
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ