□第十二夜 碧落のプラネット
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12-2 逆賊の物語(1/4)

 
 遠く、いななきを聞いた気がした。

 目を覚ませばそこは静かな湖畔。半ば凍り付いた湖のほとりで、半身を冷たい水に浸して雪原に横たわる。辺りを見渡そうと体を起こす。否、起こしかけて、ぎ、と呻く。
 どうにも体が言うことを聞かないらしい。凍えたわけではない。この機械の体には元より体温などないのだから。動かないのは、その機械が壊れかけているだけ。このポンコツが、と。毒づいて、溜息を一つ。

 だが、まあいい。状況は大体分かっている。エルドラディモンの背の上、戦場のど真ん中で起こった爆発。その赤黒い炎と爆風に、羽虫の如く叩き落とされたという、ただそれだけのことだ。
 やったのはアポカリプス・チャイルドの隠し玉か。遠目に見えたのはやけに禍々しい姿だったが、光と闇の王たるルーチェモンの配下ならば、闇に属する者が混じっていようと不思議はない。いや、戦況からしてまったくの別勢力の介入も考えられるか。まあ、どちらにせよ――

「負けた、か」

 機械の体に備わった自己修復機能が、思考と視力に次いで言語能力を復旧させる。そうして最初に発したのは、そんな言葉。声は穏やか。無感情というべきだろうか。
 体が動くにはまだ時間が掛かる。だがもう、急ぐ必要はあるまい。あの爆発で魔王の肉体がどうなったかは知らないが、もはや手遅れであることだけは間違いない。
 そう、負けたのだ。切り札を失い、仲間は……嗚呼、自分でさえこの有様だ。仲間もきっと、失ってしまったのだろう。昔と同じ。また負けて、また自分だけがおめおめと生き延びた。勝利の女神にも、死神にもそっぽを向かれた、惨めで憐れな敗北者。この身には勝利の栄光も名誉の戦死も与えられはしない。なんと無様な道化か。
 知らず、零れたのは自嘲。誰彼構わず当たり散らしたいところだが、そんな元気もなければそんな相手も見当たらない。静かな溜息を吐く。もう一度だけ周囲を見遣る。

「嗚呼」

 少し、疲れた。
 自由に動くのはまだ首から上だけ。これから何をすべきかもまだ分からない。だから、少しだけ。少しだけ眠ろう。
 この道化が踊るだけの、茶番劇の幕を少しだけ下ろそう。そして、夢を見よう。少しだけ。少しだけでいいから。悪夢でも構わないから。

 ゆっくりと瞼を閉じる。暗幕を引くように。そうして道化は――ダークドラモンは、夢と言う名の幕間へとその意識を沈める。
 
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