□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-1 黒死の天使(1/4)‏

 
 カツン、カツンと石畳を叩く硬質の足音が暗闇に反響する。誰もいない、いなかったはずの氷柱の影から姿を現したのは、鏡の鎧に身を包む異形の怪人であった。

「第三の選択肢、という手もある。ふふ」

 鏡の怪人は三本の指を立て、薄く笑う。

「命さえ諦めるという、選択がね」

 口紅で描いたような唇しかない、鏡で覆われたその顔が笑みの形に歪む。表情らしい表情もろくに無いはずなのに、どこまでも凶悪に、醜悪に、まるでこの世のすべてを侮蔑するかのような、そんな顔。
 ぞぐりと、背筋に氷の這う錯覚。それは地下室を満たす冷気のせいなどでは決してない。全身の毛が逆立ち、心臓が警鐘を鳴らす。目前の闖入者の正体はもはや問うまでもない。“敵”と、ただその一言だけでいい。

「下がれヒナタ!」

 だん、と石の床を叩く一歩とともにインプモンは指差すようにその手を鏡の怪人へと突き出す。瞬間、指先から炎が走る。
 怪人は笑みを湛えたままに、左腕に携えた大きな丸い鏡を構える。炎に対して鏡が盾の代わりになるとはとても思えないけれど――そんな、私の浅慮を嘲笑うかのように、インプモンの放った炎は鏡の中へと消えてゆく。さながら鏡面という名の門をくぐり、その中に広がる鏡映しの異世界へと通り抜けてゆくかの如く。

「ふふ」

 と、怪人はまた笑んで、今度は右腕の鏡を真横へ構える。ほぼ同時、インプモンと一瞬の時間差で仕掛けたレイヴモンの白刃が、怪人の首を刈り取らんと虚空より閃く。けれど――直前までまるで姿の見えなかったはずのレイヴモンへ向けて正確に突き付けられた怪人の鏡より、炎が撃ち出され、迫る白刃を迎え撃つ。レイヴモンは咄嗟に身を翻してこれを回避、翼の先端を掠めた炎を一瞥し、後方へ跳躍する。

「今のは……!」
「俺の技、だと?」

 レイヴモンに、次いでインプモン。驚愕に思わず攻め手が止まる。レイヴモンの奇襲を読んだことは勿論、問題はその前後。今起こったことを素直に解釈するならあの怪人は、インプモンの攻撃を左腕の鏡で吸収したばかりか、右腕の鏡からレイヴモン目掛けて撃ち出したのだ。

「面倒な鏡だな。だが……」
「手の内が分かれば恐ろしくはない、とでも?」

 インプモンの言葉を遮るように、怪人は笑う。

「ふふ、ほんの挨拶代わりさ。こんな手品を、この“鋼のメルキューレモン”の真髄と思われては心外だ」
 
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