□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-4 紅蓮の氷原(1/5)
静寂。時間さえも凍えるような、音と色の消えた世界。すべてが失速し、刹那が薄く冗長に引き伸ばされる、そんな感覚。圧縮された一瞬の中で私は、きらきらと舞う白銀をただ呆然と見詰める。
差し込む光を反射する氷片はまるで飛び散る宝石のよう。嗚呼、綺麗だな。なんて、混乱した頭に場違いな感想が過ぎる。
あ、とインプモンが声を上げた。はっと、我に返る私が手を伸ばした時にはもう、それは原形を留めてはいなかった。
指先に冷たく固い何かが触れる。鮮血も凍る白銀のその欠片から、とくんと、小さく弱く、それでも確かな鼓動が伝わる気がした。
瞬間、モノクロの視界が色を取り戻し、時間が速度を取り戻す。
伸ばした手が空を切り、氷塊に足を取られて膝をつく。しゃがみ込んだその場所は地下室のちょうど中央。砕けた氷の破片が私の肌を薄く裂く。白銀に伝う赤が、嫌でも私を現実に引き戻す。
「何、が……?」
口をついて出たのは余りにも拙いそんな言葉。頭は何が起きたのかすらろくに理解できていない。何を問うべきかを考える余裕もない。
ただ事実だけを語るなら、私の目の前でたった今、封印の氷柱が粉々に砕け散ったのだということ。中に眠る、魔王・ベルゼブモン諸共に。氷片のほとんどは虚空に塵と消える。デジモンがその死に屍を残さないことは、今まで何度も目にして知っている。つまりは、
「死んだ……の?」
譫言のように零す。体の中を流れる血が、末端から冷たく凍り付いていく気がした。
「そうだ」
そんな私を見下して笑うように、粉塵の中から堕天使が言い放つ。
「魔王は死んだ。そして今、生まれ変わるのだ。ふ、ふふっ……!」
嘲笑が、やがて狂喜へ変わる。奥底より沸き上がる何かを辛うじて鉄仮面の内に押し止めるように、堕天使は肩を震わせケタケタと笑う。“お前は誰だ”と、そう問うたレーベモンの言葉が脳裏を過ぎる。その、刹那。
ず、と、固く重い音が低く響いた。私の視線の先で、堕天使の腹から黒い突起物が顔を出す。それが背後から堕天使を貫いたレーベモンの槍であると理解したのは、一拍を置いてから。
「やあ、レーベモン。相変わらずいい腕じゃないか」
端から見ている私より余程冷静に、風穴の空いた体で堕天使は笑う。ぎ、と歯噛みするレーベモンを値踏みするように見据えて。
「そう急くな。お楽しみは、これからだ」